映像と音楽を融合させることは昔は簡単なことではありませんでした。映画がその典型ですけれども、かなり大掛かりな仕掛けが必要となるので、普通の人が手軽に行うことなど夢のまた夢でした。しかし、コンピューターの性能が良くなり、一般に普及すると話は違います。

 今ではコンピューター一台でかなりのことができますから、大量に映像と音楽の融合作品が発表されています。しかし、本質的に図と地の関係にあるのか何なのか、相変わらずどちらかが主となる作品ばかりで、両者が対等な立場で融合する画期的な作品には出会えません。

 マイク・オールドフィールドの2000年代初の作品は、PCの中に描かれたバーチャルな世界と音楽を不可分一体に結びつける試みです。マイクはこの作品を構想し、ゲーム・プログラマー、グラフィック・アーティストとの3人組で実現に結びつけました。

 コンピューター・ゲームは嫌いだというマイクですから、この作品は目的があるわけではない「音楽的フライト・シミュレーター」となっています。プレイしていないので確たることは言えませんが、キーボードを操作してアバターが仮想世界を旅する作品なのだそうです。

 マイクはゲームを作り上げましたが、もちろんレコード会社は難色を示します。そこで考えたのが、音楽CDとゲームをカップリングして発表することでした。発表から時間が経ってしまいますと、結局は音楽CDだけ生き残るという結果になりました。

 手元にあるCDは当然音楽だけのものです。やはりなかなか映像と音楽を結びつける試みは難しいものです。無責任なことは言えませんが、当時の水準のシミュレーション・ゲームが生き残るのは難しいことでしょう。しかし音楽はそんなことはありません。

 こうして音楽CDは生き残りました。前作を終えた時に、次のアルバムはくつろぎのための音楽にしてはどうかと言われていたそうで、ゲーム構想と合体した後も、しっかりとその構想は生きています。時を経てゲームだけが抜け落ちてしまいました。

 ウィキペディアではジャンルはチルアウトとされています。リラクゼーションのための音楽だからといって何でもチルアウトというわけにはいかないのではないでしょうか。少なくともKLFのチルアウトとは異なり、仮想世界のサウンドトラックはとても善良な音楽です。

 音楽だけですべてを完結させようとしているわけではないだけに、音楽作品としての完成度を追い求めていないように思います。その分、いつものマイクのアルバムに比べると、肩の力を抜いて映像に寄り添ったサウンドになっているように思います。

 ビートの感覚や海辺のリラックス・ムードはイビザ島の影響が色濃いです。普通に美しいメロディーがイビザ感覚で提示されていきます。そこがニューエイジではなくチルアウトと呼ばれる所以なのかもしれませんが、悪意は感じられません。どこまでも只管美しい。

 久々に姉のサリー・オールドフィールドが参加しています。ゲームのナレーションを務めたそうで、それをサンプリングして使われています。インド系のアマー、ロンドン・ジャズ・シーンのジュード・シムもボーカルで参加してこの面白い作品を盛り上げます。いつものマイクです。

参照:The Tubular Net

Tres Lunas / Mike Oldfield (2002 Warner)