ザ・スリッツはパンク時代にあって女性だけのバンドであることを引き受けた初めてのバンドでした。パティ・スミスのロンドン公演で出会ったアリ・アップとパルモリヴが始めたのがザ・スリッツです。当時、アリ・アップはわずか13歳。

 やがてギターのヴィヴとベースのテッサが加わり、ザ・スリッツの骨格が固まると、彼女たちはパンクのただ中に身を投じます。ただし、「パンク?嫌よ!私達は『せーの』で始まる4分の4拍子がやりたかっただけとは違うの」と、最初から彼女たちは我が道を進んでいました。

 彼女たちはクラッシュのツアーをサポートするなど、早い段階から頭角を現しており、当時から日本にもその風評は聞こえてきていました。しかし、まだまだガールズ・バンドはマッチョなパンク界にあっては際物扱い、彼女たちの進む道は茨の道でした。

 まるで楽器も出来なかったザ・スリッツですが、とにかくひたむきに音楽に取り組んでいきます。ヴィヴはもともとキャプテン・ビーフハートやフランク・ザッパ先生などを聴いてきたそうで、そんな彼女たちの音楽はワンパターンなロックとは一線を画していきます。

 そして彼女たちはついに女の子のリズムを発見します。「クイックでスキッピー、ライトなリズム」です。完成までに2年かかり、出来上がったリズムはレゲエに接近していました。しかし、そのことが悲劇を生みます。パルモリヴのドラムの進む道とずれていったんです。

 パルモリヴはザ・スリッツを去ってレインコーツに移っていきました。交代に入ったのはビッグ・イン・ジャパンのドラマー、バッジーでした。皮肉にも女の子のリズムは男性ドラマーを得て初めて完成したことになります。

 そうして満を持して制作されたのがこのデビュー作「カット」です。バンドの噂を聞いてからほぼ3年待ったかいがあり、ザ・ポップ・グループで名をはせたダブ男デニス・ボーヴェルのプロデュースで、ポスト・パンクの傑作群に名を連ねる見事な作品が出来上がりました。

 骨格だけの隙間の多いサウンドです。乾いたドラムとうねるベース、カラカラのギターと時にクレイジーなボーカルによる妙に明るいサウンドは当時とても新鮮に響きました。決してジャケットから連想されるようなどんどこサウンドではありません。

 ジャケットはよく見ると泥んこの3人の背景に薔薇の花、イングリッシュ・ガーデンです。このミスマッチ感が彼女たちの立ち位置を示しているようです。女であることから出発して、女であることなどどうでもいいことに昇華されていく。マドンナにも影響を与えたスリッツです。

 男性中心ロック界から見れば、女パンクスはクレイジーでなければならないのですが、アリ・アップはアルバム制作当時、酒もたばこもドラッグもやらず、男も知らなかったと語っています。マリファナはやっていたそうですが、それは破天荒に入らない。真面目なんです。

 そこがカッコいいです。アリ・アップは叫びすぎておしっこを漏らすほどですし、音楽に対して全身全霊をかけて見事にストイックです。たもとを分かったパルモリヴをしっかりクレジットする姿勢といい、まだ10代のくせにかっこ良すぎます。

Cut / The Slits (1979 Island)