名前はあれかなっと思ったらやっぱりあれでした。そうです。寺山修司の戯曲「毛皮のマリー」からです。私は学生時代に寺山の演劇を見に行ったことがあります。彼の書いた本も沢山読みました。寺山は私の世代にとって折り合いをつけなければならない巨人の一人です。

 どうしてまた2009年になって二回り近く若いバンドの名前に寺山が登場するのか。そもそもこのバンドはビジュアルから何からレトロの極み、1960年代から70年代の空気を色濃くまとっています。ほぼリアルタイム世代にとっては何とも意表をつかれた思いです。

 毛皮のマリーズは和歌山出身のボーカリスト志磨遼平を中心に、彼の幼馴染の二人、越川和磨と来本ヒロコにドラマーを加えて結成されたバンドです。ドラマーはその後ドラム経験がないという富士山富士夫に代わります。

 この作品はマリーズの3作目のアルバムです。自主制作レーベルを立ち上げてから初めての作品です。この次のアルバムはメジャー・レーベルからになりますから、これがインディーズ時代最後のアルバムになります。

 彼らはこれまで「東京のストゥージズ」と呼ばれていましたが、3枚目となるこの作品では「東京のビートルズ」と呼びたいと裏ジャケに記載されています。これはさまざまに解釈できる言い方ですけれども、ことこのアルバムに関する限り、意味するところは明らかです。

 マリーズはもともとロック・クラシックスへのオマージュを得意としています。最初はぼーっと聴いておったのですが、4曲目の「ハニー・アップル」でぶっ飛びました。これは「ゲット・バック」そっくりです。いや、これはもう「東京のビートルズ」でしょう。

 そこで一旦スイッチが入ると、最初に遡って、元歌を探し始めてしまいました。「ザ・フール」こそルー・リードの「ワイルド・サイドを歩け」ですし、ストゥージズやローリング・ストーンズなども顔を出しますが、中心はやはりビートルズです。

 こういう聴き方をするのは、因習から解放されたようでとても楽しいです。ついでに英語での曲名もビートルズに倣っていますし。邦題では「超観念生命体私」は「イマジン」ならぬ「イメージ」、「人間不信」は「フール・イン・ザ・ヘル」といった具合です。

 マリーズは本作では、「怒り」と「プライヴェイトな愛」についてのみ歌ったということで、それはジョン・レノンと同じであろうとしています。確かにそうです。歌詞はもちろんオリジナルで、レノン精神を引き継いで独自の言葉を編んだ形。そう思うとまた輝いて見えます。

 2009年とは思えないまるで60年代から70年代のロック・サウンドがあっけらかんと続きます。いちびり声の志磨のボーカルとぺらぺら鳴る越川のギター、ポールを目指す栗本のベース、富士山のパンクなドラム。独特のグルーヴがまぶしいです。

 ジャケットを見ればわかる通り、とても変なバンドです。「半世紀先をいく毛皮のマリーズの、アシッド・ガレージ・サイケデリック・アルバム」、50年経ってやってきた60年代ですが、これからさらに半世紀先にもう一度60年代がやってくるのだそうです。頑張れ若者!

Gloomy / Les Marie-Vison (2009 イエス)