フューは1993年からノヴォ・トノというバンド活動を始めました。ボアダムズや想い出波止場で活躍していた山本精一や、あまちゃん大友良英などをメンバーとするバンドで、もちろんフューの歌が中心でした。

 ファースト・アルバムをレコーディングした後、フューは「(もっともっと)とことんシンプルな歌をやりたくなったから」と、山本と一緒にこのアルバムを制作することになりました。それがこの「幸福のすみか」です。名義は二人、英語ではフューが先、日本語では山本が先です。

 大たいジャケットからして、いつものフューではありません。サングラスをかけているものの、ストライプのシャツといい、表情といい、背景の色合いといい、とてもシンプルで自然体な美しい女性が写っています。

 サウンドももちろんシンプルです。基本的に演奏は山本にまかされており、彼のシンプルなアルペジオ・ギターとベースを中心に、これまたシンプルなドラムが組み合わさるだけ。これだけでシンプルを三回も使ってしまいました。

 本作ではフューが歌詞をつくり、山本が曲をつけるという形で制作が行われました。山本もボーカルをとっていて、フューが歌詞以外では登場しない曲もあります。山本のボーカルもこれまた極めてシンプルです。

 山本のサウンドについて、フューは「二人の嗜好はほぼ同じなので、私が特に注文をつけることもなかった」と語っています。参加しているミュージシャンは二人の他には大串崇と長嶌寛幸、どちらも山本の想い出波止場関係者ですから、これも嗜好の点ではぴったりです。

 フューのボーカルはいつものように我が道を行っています。カラオケ道場では大いに駄目だしされる歌い方は相変わらずで、独特のリズム感とメロディー・センスがとにかく素晴らしいです。ジャケ写にも似合わない不思議な世界です。

 歌詞の世界も最高です。一曲目の「鼻」は、ディランの「激しい雨が降る」のように♪空腹でもなく満腹でもなく♪シリーズを並べ、♪決めた今日からわたしは鼻を見る♪と落とします。エンタの神様でも通用しそうな構造です。

 「飛ぶひと」は♪飛ぶ人間はおちる♪、「ロボット」では♪昔は音楽が好きだった いまは髪の毛が大好き♪、などついつい噛みしめてしまう世界が全編にわたって展開します。一歩間違うとどうしようもなくなりそうですが、フューはそうはならない。説得力が半端ない。

 フューによれば、本作のコンセプトは「ロボット・フォーク」であり、「虚構の音楽であり、人工的に作られた悲喜の歌」だそうです。サウンドから漂ってくるべたつかない透明な世界観は人ならざるものを主役に選んだ結果なのでしょう。

 極めてシンプルな音楽なのに、その歌声と演奏はどこまでも深いです。余計な抒情を孕まない「幸福のすみか」は、♪せまく壁にとざされている♪♪時間さえ凍る極北♪です。凛とした空気が曲から立ち上ってきます。花のように愛しましょう。

Shiawase No Sumika / Phew & Seiichi Yamamoto (1998 徳間ジャパン)