インド人に最も多い血液型はB型です。B型の血はインドからロマ族、いわゆるジプシーがヨーロッパにもたらしたという説があります。ロマ族がもたらしたものは血液型だけではありません。むしろこちらが本筋、そう踊りと音楽です。

 そこまでは聞いていましたが、フラメンコがその落とし子であるとは知りませんでした。比較的新しい音楽であるフラメンコはインドにそのルーツがあったのです。アヌーシュカ・シャンカールは果敢にそこに切り込んでいきました。

 アヌーシュカは、プロデューサーにマドリッド出身でパコ・デ・ルシアの作品も手掛けたジャヴィエ・リモンを迎え、フラメンコのアーティストも交えてアルバムを制作しました。題して「トラベラー」。音を旅するアヌーシュカにぴったりな題名です。

 エイジアン・マッシヴの一人、ニティン・ソーニーは、古代インドの音楽書に両者の共通の根を見ます。それは踊りとリズムの強烈な結びつきです。このことを証明しようとしたのが、アルバムの一曲「ダンシング・イン・マッドネス」です。

 この曲にはアヌーシュカのシタールの他に、インド及びスペインからダンサーとパーカショニストがそれぞれ参加しています。フラメンコ・ダンサーのステップとインドの古典舞踊バラタ・ナティヤムのステップ、それがそれぞれのパーカッションと共鳴しています。

 ステップの音がはっきり聴こえてきますが、もはやどっちがどっちだか分かりません。ただ、何の無理もなく見事に溶け合っていることだけは良く分かります。それほどインド音楽とフラメンコは共通項を持っているということです。

 ジャヴィエはアヌーシュカの演奏を聴いて、「何てフラメンコが上手いんだ」と言うと、アヌーシュカは「違う違う。これは純粋にインド音楽だ」と答えたそうです。ジャヴィエは「アヌーシュカが僕の人生を変えた」とまで言っていますから、衝撃的な出会いだったことでしょう。

 「ボーイ・ミーツ・ガール」はアヌーシュカのシタールと、ペペ・ハビチュエラのフラメンコ・ギターのデュエットです。ペペが演奏しているのはフラメンコの古典、アヌーシュカはインドの古典。両者は同時に存在するので、ある人はフラメンコといいある人はインド音楽という。

 それが典型的な例です。アルバムを通してフラメンコ軍とインド古典軍は共同作戦を繰り広げています。インド色一色の曲もありますけれども、それも相対的なもので、スペイン側のミュージシャンが参加していなくても、そこはかとなくフラメンコの香りがします。

 アヌーシュカの6作目のソロは思い切った挑戦ですけれども、彼女のこれまでの軌跡からしてみるととても自然なことです。まさに音楽を求めて世界を旅するトラベラー。こういう方向からフラメンコの良さを再発見することになるとは思ってもみませんでした。

 ちなみに弦楽器タンプーラを弾いているのはケンジ・オータ。アメリカにわたったギタリストですが、ラヴィ・シャンカールの懐に飛び込み、彼のツアーに参加した人です。アヌーシュカとは同門です。日本からも参加。まさにワールド・ミュージックです。

Traveller / Anoushka Shankar (2011 Deutsche Grammophon)