その昔、東京の若者は雑誌「ぴあ」を頼りに生きていました。イベント情報はそこに集約されていましたから。その「ぴあ」の懸賞に応募して、引き当てたのがレインコーツのセカンド・アルバムとなる「オディシェイプ」でした。ラフ・トレード・ジャパンの提供でした。

 スキップしながら新宿のレコード店に引き換えに行ったものです。当時はレコードはまだ高かったですから嬉しかった。しかも、長らく愛することになるアルバムが当たったわけですから喜びもさらにさらに増幅されていきました。

 一作目のカート・コベインの役割に相当するのはソニック・ユースのキム・ゴードンです。レインコーツのニューヨーク公演を見逃してしまったという反省文です。これもまた「普通の人がとんでもない音楽をやっている」レインコーツへの美しい賛辞になっています。

 前作の後、元スリッツの力強いドラムのパルモリヴが脱退したため、バンドはオーディションを重ね、ようやくイングレッド・ワイスを後任にします。しかし、イングレッドはほどなく脱退してしまい、この作品では2曲を担当するのみ、後は男性陣がサポートで入っています。

 これがまた凄い。PILにも入るリチャード・ドゥダンスキー、ディス・ヒートのチャールズ・ヘイワード、伝説のロバート・ワイアットです。どれだけ、彼女たちがニュー・ウェイブ・シーンで愛された存在だったのかが分かる充実ぶりです。

 そして、メンバー・クレジットには、ほとんど演奏には参加していないものの、バンド結成時から彼女たちのメンターだったシャーリー・オルフリンの名前を入れています。こういうところが彼女たちらしいです。殺伐としたポスト・パンク界にあって、どこかほっこりするバンドです。

 この作品は前作とは随分音の表情が異なります。ジーナは音楽的な技術を磨いたんだと表現しています。彼女たちは敢えて練習をしないバンドだと評されて怒ってもいます。しっかりとリハーサルもしているし、このサウンドは決して偶然の産物ではありません。

 パンクの教義を信じていたレインコーツは伝統的なロックのフォーマットをしっかりと拒否し続けました。マイケル・ナイマンやらギャビン・ブライヤーズなどの英国現代音楽や民族音楽に影響を受けて、実験を重ねた結果がこのサウンドです。

 とはいえ、難解ではありません。ゴードンの言葉を借りると「パンクのアグレッシブさ、セックス・シンボルとしての女性、センセーショナリズムやアイロニーとは無縁」なだけに、スカスカのしっとりした夜の音楽は聴く者を幸せにしてくれます。

 「オディシェイプ」は♪私の鼻は大きすぎて、手術が必要かも♪なんていう内容で、容姿にコンプレックスを持つ女性をしっぽりと歌ってもいます。どこまでも自然体。誰にも似ていない不思議な「かわいい」サウンドがつまっています。

 「オンリー・ラヴド・アット・ナイト」なんて今でも時々頭の中で突然なりますし、腹が立つと「ゴー・アウェイ」が出てきますし、鼻歌だと「ダンシング・イン・マイ・ヘッド」が。とにかく愛しくて愛しくてたまらないアルバムなんです。あまり人に教えたくない。

Odyshape / The Raincoats (1981 Rough Trade)