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 これはレインコーツが1979年に発表したデビュー・アルバムです。なかなかCD化されませんでしたが、1994年になってようやく実現しました。その時にライナーノーツを書いたのがニルヴァーナのカート・コバーンだったことが大いに話題になりました。

 これがまたいい文でした。彼の人生の中でも、極端に不幸で、寂しくて、退屈していた時期に、このレコードを聴いているときだけ、平和を感じた。レインコーツを聞くと、自分が屋根裏の暗闇に侵入した密航者のように感じる。泣ける名文です。

 間違いなくレインコーツはカートによって再発見され、ちょっとしたブームになりました。カートは確か彼女たちに会いに行ったはずです。とても恥ずかしげで嬉しそうだった様子です。そこまで含めてカートは我々ファンの代表です。

 レインコーツをリアルタイムで知らない人にはカートの役割は大きいでしょうが、当時を知っている我々からすれば、株を上げたのはむしろカートの方です。いろいろと言われる彼ですが、レインコーツを密かに愛する同志として信頼できる人だと感じました。

 レインコーツは1976年頃、ノッティンガムからロンドンに出てきたジナ・バーチとポルトガルからやってきたアナ・ダ・シルヴァが出会ったことから始まります。二人は、当時のイギリスを席巻していたパンク、ピストルズやクラッシュに影響を受けて音楽活動を始めます。

 実に分かりやすいパンク第二世代です。当初は男性メンバーも入っていましたが、やがて元祖女性パンク、ザ・スリッツのオリジナル・メンバーだったパルモリヴ、新聞広告で応募してきたヴァイオリンも弾くヴィッキー・アスピノールを加えて女性ばかりの4人組となりました。

 彼女たちは当時のシーンで大きな役割を果たしたラフ・トレードからレコード・デビューします。このファースト・アルバムはラフ・トレードの三枚目のLP作品です。プロデュースはレーベルの創始者ジェフ・トラヴィスと、レッド・クレイオラのメイヨ・トンプソン。気合が入っています。

 特に中心となる二人は音楽的にはほぼ素人でしたから、彼女たちはしばしばDIYサウンドと言われます。日本だとへたうまと言われる類の音です。しかし、こういうサウンドで人の心に刺さるのはかなりのセンスが必要です。レインコーツにはそれがありました。

 当時の英国の音楽シーンにはこんなバンドはいくらもあったわけで、その中で彼女たちは頭一つも二つも抜きんでていました。胸の奥の方に明かりが灯るんです。アメリカのバンドだとシャッグスに少し感じが似ています。あんなに下手な訳ではありませんが。

 特にこのファースト・アルバムはDIY感覚満載で、パタパタなるドラムと隙間だらけのサウンドは屋根裏からこっそりと覗いていたい。キンクスの「ローラ」のカバーなど秀逸です。ヴィッキーのバイオリンも力強い。とにかく楽しくて美しいアルバムでした。

 とても無邪気な音楽です。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが好きだから出来たなんていう発言にも底抜けの邪気のなさを感じます。初めてレコードが出来てきた時は大はしゃぎだったそうですし、あの時代の空気の最良の部分を表しているバンドです。

The Raincoats / The Raincoats (1979 Rough Trade)