ニール・ヤングは「どういうことなのか分からないけれど、クレイジー・ホースと演奏する時の自分は別人なんだ」と語っています。彼らと一緒だと、より深く自分自身を表現することができるんだということです。

 道に迷った時のクレイジー・ホース。どぶに落ち込んでしまったヤングを救いあげたのはクレイジー・ホースでした。明るい歌ばかりではありませんけれども、明らかにどぶ三部作とは異なる仕様になっており、ヤングはまた戻ってきました。どぶはどぶでよかったんですが。

 「オン・ザ・ビーチ」制作後には、ヤングはリユニオンしたCSN&Yのツアーに参加しました。バンド側から大物プロモーターのビル・グラハムに派手にやりたいと申し入れた結果で31都市、うち17カ所では野球場という大規模ぶりです。

 彼らは新作の制作も企図しましたがそれは頓挫します。本来であれば、このツアーがヤングをどぶから救い上げるはずだったんでしょうが、それは果たせませんでした。やはりCSN&Yはヤングのためにあるわけではありませんし。

 そこにクレイジー・ホースです。もちろんダニー・ウィッテンは亡くなっていますから、ギターにはビリー・タルボットの紹介でフランク・ポンチョ・サンペドロを新たに迎えました。ラルフ・モリーナを加えたトリオが復活して、このアルバム制作と相成りました。

 タイトルは「ズマ」。この頃、ヤングはカリフォルニアのマリブに住んでいましたから、ズマ・ビーチのことなんでしょうが、ジャケットやアルバムの渾身の一曲「コルテス・ザ・キラー」を聴けば、アステカ王モンテズマにもかかっていそうです。

 どちらにしても力強いです。「ズマは暗闇から解き放ったんだ」とヤングは語っています。「自分のベストな作品はクレイジー・ホースとの作品だ」とも、「ズマはポップがロックンロールを置き去りにしたところからやってきたグレイトなエレクトリック・アルバムだ」とも。

 フランクのギターはワイルドなダニーに比べると、力強いですけれどもむしろ流れるようなギターです。ヤングとフランクのギター・バトルをニューヨーク・パンクのテレヴィジョンになぞらえた記事を見かけましたが、膝を打ちました。

 スペインでは放送禁止になったという「コルテス・ザ・キラー」のずるずると絡み合う二本のギターなど堪りません。ライブでは定番になっていたというのも頷ける素晴らしさです。どぶ時代だったら違う表情になったのでしょうが、こちらは前向きに素晴らしい。

 全9曲中7曲がクレイジー・ホースとの力強いセッションです。冒頭の「ドント・クライ・ノー・ティアーズ」はカナダ時代の曲を焼き直したもので、ヤングの魂振りになったことでしょう。新たな旅立ちです。

 最後の「スルー・マイ・セイルズ」はCSN&Yのお蔵入りになった「ヒューマン・ハイウェイ」のアルバム・セッションからの曲です。クレイジー・ホースとの火の玉セッションをクールダウンさせて終わる構成です。次の展開が楽しみとなる快作でした。

参照:"Neil Young : Heart of Gold" Harvey Kubernik

Zuma / Neil Young (1975 Reprise)