「テクノ・ポップ」から実に17年。もうないと思っていたクラフトワークの新作が発表された時には結構な話題になり、大手レコード店ではキャンペーンが張られていました。時代は変わったもんだなあと感慨にふけったことも今は昔。

 17年ぶりのオリジナル・アルバムは1983年に発表されていたシングル「ツール・ド・フランス」を拡張したような仕様で、ツール・ド・フランス100周年に合わせて発表されました。大の自転車好きのラルフ・ヒュッターならではの仕掛けです。

 ヨーロッパでは日本では考えられないほど自転車競技が盛んで、ツール・ド・フランスはその最高峰のレースとしてサッカーのワールド・カップにも比肩する催しです。日本ではピンと来ないところがまたクラフトワークらしい。

 この作品ではヒュッターとフローリアン・シュナイダーの他に、前作からのフリッツ・ヒルパート、さらにはヘニング・シュミッツがフロントに加わっていますが、役割を示すクレジットはなく、ますますヒュッター色が強くなりました。

 アルバムの最後にシングル「ツール・ド・フランス」の再録が収められています。まだカール・バルトスの名前が残っているこの曲と、アルバム前半の「ツール・ド・フランス」を比べるとクラフトワークのサウンドもそれなりに変化しているものだという思いを新たにします。

 もちろん電子楽器を使ったテクノ・ポップという基本形は変わっていませんが、特にそのリズムはすっかり現代仕様になり、彼らに触発されて始まったハウス/テクノに寄っています。耳に優しい洗練されたサウンドです。

 これまでは自動車、鉄道やラジオ、コンピューターなど電子ないし機械系のテーマを取り上げてきたクラフトワークはここでは半分機械、半分肉体の自転車を取り上げました。アルフレッド・ジャリの「超男性」を思い出します。

 ヒュッターは自ら階段を昇って切らした息を収録したそうで、シングルの時にはそれだけのバージョンも作ったようです。ますますエレクトロニクスと肉体は不可分になってきました。1983年にこのコンセプトはまだ早い。20年たってようやく世界は追いつきました。

 ヒュッターは「昔、人々はエレクトロニクスに感受性を見出すことは難しかった。けれどもたとえば医者が心臓テストをするとすると、エレクトロニクスこそが心臓を感じるんだ。楽器も同じこと。だからこそ今日の社会の道具を使って音楽を作るべきなんだ」と語っています。

 「そうでなければ、それはただのアンティークだ」とまで。ヒュッターはこんな信念でデビュー当時から音楽活動を続けてきたわけです。時代は彼の予見した通りとなり、今やエレクトロニクスには魂は宿らないなどという人はいません。

 以降のクラフトワークは精力的にステージをこなすようになっていきます。「クラフトワーク神社」なるファンサイトがあります。まさにクラフトワークにこそ相応しいネーミングです。もはやテクノの神様。何をしても許される域に達しています。さすがです。

参照:Financial Times 2017/9/3

Tour De France / Kraftwerk (2003 Kling Klang)