クラフトワークのベスト盤だと思って買った私は何とも曰く言い難い気持ちになりました。リミックスじゃなくてミックスなのに。あああれはリマスターか。などと千々に乱れる心のまま、まあこれもありかと心を落ち着けるのに少し時間がかかりました。

 前作から5年。クラフトワークの時代は来ているのに新作を出そうとしないことに耐えられなくなったレコード会社はベスト盤を出すようにせっついたようです。重い腰を上げたクラフトワークですが、単なるベストはいやだということでこの「ザ・ミックス」になりました。

 ちょうど、彼らのクリング・クラング・スタジオをアナログからデジタルに改造していたことから、過去音源をデジタルに移行する作業中だったこともこのアルバム制作に掉さした模様です。本人たちによればこれはライブ盤の一種なのだそうですが。

 前作からの5年間に長らくクラフトワークのリズムを担当していたヴォルフガング・フリューアとカール・バルトスは脱退してしまいました。そして代わりにフロントに立ったのはエンジニアだったフリッツ・ヒルパートです。

 フリューアとバルトスはクラフトワークにはもはや新しいことが起こりそうにないと脱退した様子です。押しも押されもせぬテクノの元祖本家として登りつめたクラフトワークです。もともと後から入った二人には息苦しくなってきたのでしょう。

 本作品の楽曲は「アウトバーン」から「テクノ・ポップ」に至る6枚のアルバムから選曲されています。唯一、「電卓」だけが当時の日本盤「コンピューター・ワールド」にしか入っていなかった曲です。日本語で歌われる日本人向けのバージョンです。

 サウンドは「ザ・ミックス」というだけあって、オリジナルのメロディーは活かしながら、リズムが大胆に変更されています。ハウスないしテクノ系統のリズムになっているわけです。それはそれでヤング・パーソンズ・ガイドにはぴったりなのかもしれません。

 しかし、このミックスは結構評判が悪かった。「アウトバーン」を共作したエミール・シュルトは「レオナルド・ダ・ヴィンチはモナ・リザを塗り直したりしない」と不快感を露わにしています。同時発表のシングルでの「放射能」リミックスも評判が悪い。

 テクノ・バンド、808ステイトのグラハム・マッセイは「クラフトワークを4つ打ちにしているこのやり方はあんまり好きじゃないね」と語っています。ドラムのおかずを活かすべきだったと。確かにそうかもしれませんが、まあこれはこれで流しておく分にはいいかなと。

 ところで「放射能」ですが、ここでは♪チェルノブイリ、ハリスバーグ、セラフィールド、ヒロシマ♪と始め、さらに♪ストップ♪を♪ラジオアクティビティー♪の前に入れて反核ソングに生まれ変わりました。さすがは脱原発先進国です。

 クラフトワークは本作品で、ザッパ先生も使っていたシンクラビアを大胆に導入してデジタルと化しました。新曲はありませんし、ハウス的ではありますが、やはり第一人者の面目躍如たるものがあります。さすがです。

参照:「めかくしジュークボックス」(工作舎)

The Mix / Kraftwerk (1991 Kling Klang)