何せインドは大国なものですから、北インドと南インドは別の国だと言ってよいほど違います。古典音楽も北のヒンドスタニと南のカルナティックの二系統に分かれていますし、映画界もボリウッドと南部諸州は規模から何から拮抗しています。

 しかし、別の国ですから南インドの事情は北にいるとなかなか分かりません。私もニューデリー在住中に南インドの映画界で大活躍する巨匠イライヤラジャの名前を聞いたことはほとんどありませんでした。

 イライヤラジャは1947年にタミール・ナド州南部で生まれ、長じてチェンナイに出てくると、1976年に映画音楽の世界に作曲家としてデビューを果たします。伝統的なタミールのフォーク・ソングと西洋のオーケストレーションと融合させた作風は大いに人気を博しました。

 カルナティック・スタイルの古典音楽にも造詣の深い彼は、その音楽の幅を広げながら、6000曲以上を作り、さらにバックグラウンド・スコアにおいても実力を発揮し、南部インド最高の作曲家として尊敬を集めることになります。最高はARラフマーンではありませんでした。

 この作品は1986年に発表されたイライヤラジャによる初の映画音楽ではない作品で、インド音楽と西洋クラシック音楽のフュージョン・アルバムとして名高いアルバムです。この2年前にはインドの国民栄誉賞に相当する賞を得ており、乗りに乗っていた時期の作品です。

 イライヤラジャはヨーロッパを訪れた際、バッハやモーツァルト、ベートーヴェン所縁の地を訪ねています。それほどクラシックの大作曲家は彼に刺激を与えています。ついでにポール・モーリアにも会いにいったそうです。なるほど。

 そのバッハには特に大いに影響を受けた様子で、この作品ではバッハが活躍します。特に7曲目は「私はバッハに会った」と題されていて、バッハのバイオリン・ソナタ第6番にインドのメロディーをカウンターとしてぶつけています。

 さらにその続きとなる8曲目「そしてお話した」では、これまたバッハのブーレ・ホ短調が使われています。2曲目のフーガもバッハ的ですし、アルバム全体がバッハを中心とするクラシック音楽をインド的に料理した作品になっています。

 一方、6曲目では「室内楽がティアガラジャを歓迎する」と題して、19世紀のカルナティック音楽の大作曲家ティアガラジャを称えています。バッハとティアガラジャ、西洋と東洋の代表的な作曲家への尊敬を抱きながら、フュージョンを試みているわけです。

 楽器で活躍するのはとにかくバイオリンです。あたかもインド固有の楽器であるかのように、インド・バイオリンが西洋クラシックに挑戦しています。まるでウェスタン・クラシック・オリエンタルとでも言いたくなるサウンドです。

 西洋成分が比較的濃いサウンドです。インドの大衆音楽はインドの民俗音楽や古典音楽に西洋クラシックが影響を与えて誕生しています。このサウンドを聴いていると、そのことが良く了解されます。この少しだけ不思議な世界を「何と名付けましょう?」。

How To Name It? / Ilaiyaraaja (1986 Oriental)