スコットランドの誇る高級オーディオ・メーカーのリンが手掛けるレーベルがリン・レコードです。英国王室御用達の誇りをもって制作にあたっているのでしょう、内容もさることながら、その音質にも定評があります。

 加藤訓子はリン・レコードと専属契約を結んでいる唯一の日本人アーティストで、同レーベルから発表される作品も本作品で4枚となりました。今回は2枚組2時間半を超える超大作です。ジャケットもカラーになりました。

 今回の作品はバッハです。これまでの3作はライヒやペルト、クセナキスと現代音楽の作曲家の手になる音楽でしたけれども、今回はいきなり時代を飛び越えてバッハ。クラシック音楽を演奏する人はみんな格別の思いを抱いているバッハです。

 加藤さんも「私もミドルエイジに突入した」と述懐したすぐ後に「バッハを手がけるには、もしかしたらまだ早いのかもしれない」としつつ、「でも今は思ったことをやってみる。やりたいと思ったことをやってみる。ただそれだけである」とバッハ宣言をして臨んでいます。

 アルバム・タイトルは「マリンバのための無伴奏曲集」となっていますから、バッハにそんな曲があったのかと思いましたが、当然マリンバはバッハの時代にはありません。ここで取り上げられているのはチェロとヴァイオリンのための無伴奏曲が中心です。

 1枚目に無伴奏チェロ組曲の第1番、第3番、第5番、2枚目は無伴奏ヴァイオリン・ソナタの第1番から第3番。いずれの曲も難易度が高い曲として知れ渡っている曲です。こうした弦楽器のための楽曲をマリンバで演奏するというのが面白いです。

 ピアノやチェンバロであれば、同じ打楽器ですから分かるのですが、弦楽器、それも弓で弾く弦楽器をマリンバで弾く。アレンジにあたっては、「今回取り組んだバッハもそれなりに、というか一番時間がかかったとも言える」そうです。

 当然といえば当然ですが、これまでの作品とは大きく音の表情が異なります。ミニマルに飛び跳ねるマリンバというよりも、ドローン音を背景に音が連なってメロディーを奏でていく様が美しいです。こんなマリンバは初めて聴きました。

 録音はエストニアにあるヤンニ教会で足掛け二年にわたって行われています。加藤さんとリン・レコードならではのこだわりなんでしょう。いつにもまして柔らかい音の響きは教会に刻まれた人々の想いとともに作り出されています。この音の響きだけでも素晴らしい。

 そして、「ただただそこで弾いていたかったのである。このヤンニ教会の中でずっとマリンバを弾いていたい、バッハの音楽に、その音の中に包まれていたかったのである」という思いが存分に伝わってきます。幸せそうに叩いているなあとこちらまで幸せになります。

 バッハの音楽はこうして違う楽器で演奏されるとまたその真価が発揮されるような気がします。その普遍性というよりも、天上性がいよいよ明らかになります。「究極のミニマリズム」をバッハに見出した加藤さんは相変わらず凄い人です。

Bach : Solo Works for Marimba / Kuniko Kato (2017 Linn)