マーク・アーモンドは世界で一番優柔不断な男を自認しており、特に自分の曲を録音する時には、何回か試すとどのバージョンが良いのか決めきれずに時間ばかり経ってしまうんだそうです。スタジオ代を自分で工面しなければならない現状ではなかなか大変なことです。

 そのため、50代も後半になって、もはやオリジナル曲でのアルバム作りはないだろうと、「ヴァリエテ」が最後となると思っていたのだそうです。それが、オリジナル・アルバムからの引退発表の真相でした。

 しかし、さまざまなアーティストからのラヴ・コールで、ミニ・アルバムとなる「ダンシング・マルキス」を作ったのはご存じの通り。その頃、突然、どこかで聞き覚えのあるクリス・ブレイドなる人物から曲がEメールで送られてきました。

 クリスはマークにあてて、「それらの曲はあなたのために書きました。私は究極のマーク・アーモンド・アルバムを作りたいんです」と熱いメッセージを送ります。最初はマークも少しむっとしたようですが、ともかく二人のメールでのアイデアのやり取りが始まりました。

 クリス・ブレイドは、英国人ながらロスアンゼルスを拠点に活動するアーティストで、ラナ・デル・レイやビヨンセ、ブリトニー・スピアーズなどという超メジャーなポップ・スターに曲を提供し、プロデュースを行っています。マークもむっとするはずです。

 しかし、マーク・ボランやジョブライアス、デヴィッド・ボウイの話などで意気投合しながら、マークが詩を書いて歌い、クリスが曲を仕上げるという形でどんどん曲ができていきます。そうこうしているうちにアルバムが出来てしまいました。

 二人は「魔法が解けてしまうから、電話で話すこともしない」と決め、アルバムが完成してから初めて顔を合わせたのだそうです。そこで、マークは初めてクリスがソフト・セルのリユニオン・アルバムの時にコーラスで参加していたことを知ったのだそう。

 そんな出自のアルバムですから、まるでマーク・アーモンドのトリビュート・アルバムのようです。マークはクリスに自分を「80年代」として扱うことを許可したと語っています。ソフト・セルやマーク&ザ・マンバスをレファレンスとして口にも出したそうです。

 実質全12曲を4曲ずつ3幕に分け、それぞれにインストゥルメンタルの序曲と最後にフィナーレを置く演劇仕立てですけれども、各楽曲は幕毎にテイストが変わるわけではありません。首尾一貫してマーク・アーモンドの歌唱を聴かせるアルバムです。

 いつものねっとりした歌唱で、正面から洗練された歌詞を堂々と歌い上げるマーク。80年代に気脈を通じるサウンドは、ギミックを排した、これまた堂々と五臓六腑にしみわたるバラードを奏でていきます。マーク様のファンでよかったとしみじみと思います。

 最近行われた彼のコンサートに行った人の報告によれば、マークは今でも昔と変わらぬあでやかなステージを披露しているそうです。このアルバムを聴くと、80年代のマークのアルバムを引っ張り出して聴き直したくなりました。

The Velvet Trail / Marc Almond (2015 Cherry Red)

埋め込み無効なのでこちらからどうぞ。
https://youtu.be/0wIhbmC5_KA