「7月9日の記念日に」という曲が収録されています。この日はアルゼンチンが独立した記念日です。もちろんアルゼンチンの曲で、その詞をあがた森魚が翻案して日本語で歌っています。ここからも分かる通り、このアルバムは前作からタンゴを引きずっています。

 あがた森魚のタンゴ・ワールドが全開となった前作「バンドネオンの豹」を引き継ぎ、新たに青猫なるキャラクターを登場させたコンセプト・アルバム第二弾が、この「バンドネオンの豹と青猫」です。うっすら青いモノクロ写真のジャケットが素敵です。

 「ファンタジック冒険音楽第二弾!」と題された通り、ここでは豹(ジャガー)とそのライバル青猫の活劇が繰り広げられます。その世界は夢野久作、久生十蘭というよりも、海野十三や乱歩でも少年探偵団的な世界です。

 ブックレットに引用されている中には、貧民街の聖者、賀川豊彦の「星より星の通路」であったり、高山樗牛の「月夜の美観」、萩原朔太郎の「青猫」など戦前の文献がありますし、戦後とはいえ種村季弘作品からの孫引きもあります。目指す時代が分かります。

 さらに親交が深いという高橋克彦はその名もずばり「バンドネオンの豹」を書き下ろしています。あがたワールドはついに小説化され、それがここにフィードバックされるという前代未聞の展開を見せています。

 コンセプト・アルバムでもここまで徹底して進められると脱帽するしかありません。アルバムだけではストーリーを追うのはしんどいですけれども、そんなことをとやかく言わずに、提供される世界に浸ることが重要です。

 この作品はA面をほぼADI、B面をほぼウィンク・サービスが編曲しています。ADIは金子飛鳥ストリングスの金子飛鳥やベースの渡辺等らによるエスニック系アンビエント・ユニットで、この後、自身の名義でアルバムをリリースするに至ります。

 ウィンク・サービスは高浪慶太郎と長谷川智樹による、プログラミングを得意とするユニットです。あがた森魚はヴァージンVS名義でテクノ・ポップに手を染めていましたから、こうしたユニットとの親和性も高いです。

 前作に比べると、古いタンゴ曲のカバーはぐっと減少しており、バンドネオン自体も随分控えめです。代わりに金子飛鳥ストリングスの活躍が目立ち、その分、舞台は広がって、かつサウンドトラック的になりました。実際、B面はサウンドトラックとして構成されています。

 デビュー当時の抒情性を追及したかのような世界から、心をワクワクさせる冒険活劇の世界へとあがた森魚ワールドは進化してきました。人間的な生々しい音に「今の僕はあまり興味を持たない」とあがたは語ります。

 「僕が聞きたいのは、人間が立ち去った後の、人間への奉公から開放された時の、都市自身の音である」。ここで展開されている空想物語のプラスチックな感覚はこの言葉に現れているように思います。この世ならぬサウンドはとても魅力的です。

El Jaguar Y El Gato Azul / Morio Agata (1987 日本コロンビア)

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