「セルフ・ポートレート」シリーズも第三弾になって、ようやくセルフ・ポートレートがジャケットになったのかと思いきや、モデルはローデリウスに間違いありませんけれども、絵を描いたのは本人ではありませんでした。てっきり自画像だと思ったんですが。

 第一弾の時に、続く2枚はそれぞれ「余暇の音楽」、「ほんの少し」と題されるはずでしたけれども、結局、2枚目は「フレンドリー・ミュージック」、3枚目となる本作は「アルカディアの旅」となりました。完成していたはずの2枚はどこへいったんでしょうか。

 本作品は1973年から79年の間に録音されています。要するに前二作と同じです。どの曲も仕事の途中や終わった後の静かな時間に創造されたものだということで、78年まではフォルストのスタジオ、78年以降はオーストリアのブリュモーでの制作です。

 タイトルとなったアルカディアはジーニアス英和辞典によれば、「古代ギリシア奥地の景勝の理想郷」で、「静かで素朴な生活の営まれる田園的理想郷」のことです。そのまんまローデリウスの世界を表しているようです。

 「タイトルが示す通り、これらの曲はある種の音楽日記である」と自らの手でライナーノーツが記されています。静かな田園の素朴な生活の一瞬一瞬を切り取ったような作品ですから、このタイトルに導かれて編集したのでしょう。

 タイトル通りのサウンドが展開していくのですけれども、前二作に比べると音のバラエティーに富んでいます。可愛らしいメロディーの素朴な曲が中心なのですが、後半に置かれた長尺の2曲などは、少しダークな色彩です。

 11分ある1973年録音の「ズーヴェルジヒト(自信をもって)」は、心臓の鼓動を早くしたような刻むミニマム・ビートが延々と続きますし、10分弱の「シュティムン(気分)」はドローンを使った陰鬱な曲です。初期タンジェリン・ドリームを少し思わせます。

 音楽日誌ですから、晴れの日もあれば曇りの日もある、そんなことなんでしょう。「シュティムン」も1975年ですから、この2曲が初期の録音ということになります。時代を下るほどに可愛らしくなっていくというのも面白いものです。

 この時期はハルモニア、クラスター、そしてブライアン・イーノとのコラボレーションを行っていた頃です。「仕事の合間」というのはそういうセッションの合間を縫ってという意味なのでしょう。仕事の合間の息抜きに仕事をする。根っからのアーティストです。

 各楽曲はそのような出自ですし、そもそも作品化を意図していなかったわけですから、まさにローデリウス本人のプライベートなスケッチだと言えます。ごく自然にローデリウスから湧いて出てきた音楽です。その意味では極めてパーソナルなものです。

 パーソナルでありながら、内に閉じこもるのではなくて、開放的な音楽になっているところにローデリウスの人徳を感じます。クラウト・ロック勢の中ではすでに年かさだった彼は仙人のような人だったのではないでしょうか。

Selbstportrait Vol.III Reise Durch Arcadhien / Hans-Joachim Roedelius (1980 Sky)