ボーカリストが、自分の好きな曲を集めて、お気に入りのミュージシャンをバックに歌いまくるという企画です。ポピュラー音楽の世界でもいかにもありそうですけれども、実はさほどでもない。歌手と演奏者の力関係がなかなか二枚看板を許しません。

 しかし、クラシックの世界では当たり前のようです。オペラ歌手は自らのバックバンドを持っているわけではありませんから、どのオーケストラと共演するかは常に大いなる選択になります。組み合わせの妙を堪能する楽しい企画だと言えます。

 この作品は、3大テノールの一人プラシド・ドミンゴが、2002年の死後も「世界的に活躍する音楽家たちから尊敬され続けている大指揮者」カルロ・マリア・ジュリーニと組んで録音したオペラ・アリア集です。一瞬、クリント・イーストウッドかと思いました。

 ジュリーニはイタリア・オペラの最高峰と言われるスカラ座の音楽監督も務めたほどですから、オペラにも類まれなる才能を発揮した人です。ドミンゴのお眼鏡にも十分にかない、このコラボレーションは大成功を収めました。

 ドミンゴ自身、「指揮者とオーケストラといきなりピッタリ息が合うなんて素晴らしいことだ。ここではそれが起きたんだ」と嬉しがっています。よほど嬉しかったんでしょう。それはとても気持ちよさそうな歌声にはっきりと表れています。

 集められた曲は19世紀の曲ばかり9曲です。まず、イタリアのオペラ開拓者ガエターノ・ドニゼッティの「愛の妙薬」から「人知れぬ涙」、そして「ランメルモールのルチア」から「わが祖先の墓よ」の2曲。

 イタリア歌劇最大の作曲家ヴェルディの「エルナーニ」、「トロヴァトーレ」、「アイーダ」から1曲ずつ、そしてフランスからはビゼーの「真珠採り」、「カルメン」から1曲ずつ、アレヴィの「ユダヤの女」、ドイツ人マイヤベールの「アフリカの女」から1曲ずつとなっています。

 いずれも親しみやすいキャッチーなメロディーをもつ曲ばかりで、カセットテープに録音して、ドライブのお供にしても良かったのではないかと思うくらいです。ポップスの名曲を集めたカバー・アルバムと同じような雰囲気が漂っています。

 ただし、ポップスの場合は演奏がやっつけ気味になるところですが、ここではさすがにジュリーニの指揮するロスアンゼルス・フィルは控えめながら素晴らしい演奏を繰り広げています。歌がなくともそれだけで聴いていられる深みのある演奏がいいです。

 オペラ作品を通して聴くのは力がいることですから、こうしてアリア集として名曲のみを出してくれるとありがたいです。一人の歌手が全てを歌うことができて、歌手としても気合の入ることでしょう。ドミンゴも三大テノールの時よりずっとのびのびしている気がします。

 ドミンゴはこの作品を録音した時はまだ40歳です。この翌年には米国のフォーク歌手ジョン・デンバーと共演して、異種格闘技戦の口火を切りますから、いろんなことに挑戦したいという思いが胸にあふれていたのでしょう。それを受け止めるジュリーニも偉いです。

Opera-Gala / Plácido Domingo, Carlo Maria Giullini & Los Angels Philharmony Orchestra (1980 Deutsche Grammophon)