フランク・ザッパのレーベルを離れてリプリーズから発表されたキャプテン・ビーフハートの5作目のスタジオ・アルバムです。まずこれまでとはジャケットが全然違います。セルフ・パロディーなのでしょう、とてもビーフハートらしくないジャケットです。

 ジャケ裏にはビーフハート自身が描いた四人のバンド・メンバーの絵画が掲載されており、そちらはまさにビーフハート節が炸裂しています。ちょっとうっとりするような見事な絵です。さすがは絵の才能が抜きんでている人です。

 本作品はビーフハート自身が生活の糧を得る必要があることを意識して、何かコマーシャルな作品を作ろうと意図して制作されました。そのわりには相変わらずしっかりした準備もなしにスタジオ入りしているのですが。

 脇を固めるミュージシャンは前作のメンバーに加えて、「羽の生えた鰻の幼魚」がクレジットされています。これはマザーズの一人、エリオット・イングバーのことです。彼は一曲だけ参加と書いてありますが、他の曲でも活躍している模様です。

 しかし、このアルバムはビーフハートの単独名義とされています。これまでのようなマジック・バンドの記述が見当たりません。メンバーの絵画まであるのに不思議なことですが、これはビーフハートの要請ではなく、レコード会社の決定なのだそうです。

 アルバムには全部で10曲が収録されています。曲の長さも普通のアルバムになったわけです。サウンド自身も前作までの実験的な側面が前に押し出されてくるということはありません。素直にブルージーと呼べるサウンドになってきました。

 ビーフハートのマネージャー、ゲイリー・ルーカスは、ビーフハートがこれまで実践してきた「爆発する音符」理論がここには見られないと言います。それは「どの音も前後の音と全く関係がないように演奏されなければならない」という理論です。

 なるほど前作までのまるで理解を超越している音の背景にはそういう理論があったわけです。それが見られないとなると、このアルバムのサウンドはとても聴きやすいということになります。質的な断絶がある。

 しかし、分かりやすくなったとは言え、万人向けのサウンドになったわけではありません。米国では初めてチャート・インしたとは言え、100位の壁を突破できていません。英国ではトップ20入りの前作に敵いませんでした。

 とはいえ、売れなくても結局ビーフハートの作品は息長く聴かれ続けます。本作も発表当初の酷評は時とともに影を潜め、聴けば聴くほど味わい深いビーフハートのサウンドがじわじわ評価されてきています。聴くたびに発見がある。

 突然変異したブルース、原初のエネルギーを湛えたブルース、はっとするようなフレーズがやってくる詩人の歌、落ち着いただみ声。とにかく落ち着いて聴けるはじめてのビーフハートです。満足のいく出来ではなかったそうですが、これはこれで名作です。

The Spotlight Kid / Captain Beefheart (1972 Reprise)