キャプテン・ビーフハートとマジック・バンドの最高傑作は前作の「トラウト・マスク・レプリカ」だとされることが多いですが、ファンの間ではこの4作目の評判も同様に高いです。発表は前作同様、フランク・ザッパのレーベル、ストレートからです。

 前作との大きな違いは、プロデューサーがフランク・ザッパからキャプテン・ビーフハート自身に代わったことです。ザッパとビーフハートの間柄はしばしば断絶することがありました。ビーフハートの被害妄想的な性格が原因です。

 高校時代からの友人同士ですから仲直りもある。オンとオフを繰り返すような仲です。前作のプロデュースはビーフハートの自由を極端に尊重したものでしたが、それでもビーフハートには含むところができた模様です。それもセルフ・プロデュースの一因でしょう。

 前作ではビーフハートのアイデアを譜面に起こすなど音楽的なアシスタントを務めていたドラムのジョン・フレンチは、本作の制作前にいったん叩きだされました。したがって、今回はその役割をギターのズート・ホーン・ロロことビル・ハークルロードが担当しました。

 ジョンは本作の録音前に戻ってきましたから、演奏には参加しています。ビーフハートの人間関係は至極ややこしいです。それから、本作ではやたらとマリンバのキラキラした音が目立ちます。そちらはマザーズのアート・トリップが担当しています。

 前作がまるで鑿の跡が剥き出しの音響彫刻のようなごつごつしたサウンドだったのに対し、こちらの作品は蒸留されて丸みを帯びたサウンドに変化しています。録音そのものも角が取れて丸くなっています。

 だからと言って、曲や演奏自体が分かりやすくなっているわけではありません。相変わらず変拍子に不協和音が多用された奇妙な曲ばかりです。ミュージシャンからすると正確に演奏するのがとても難しいんだそうです。

 まさかこの音の次にこの音が来るわけはないから間違いだろうと思って「正しく」弾くと、ビーフハートから駄目出しされる。気持ちは分かります。音楽的な常識を身に付けていればいるほど、正確な演奏が難しいとは面白いことです。

 とはいえ、マリンバの響きも柔らかいですし、ビーフハートのだみ声もどこか暖か味が感じられます。そのため、中にはキャッチーに感じられる曲もあります。とても奇妙な方向でのキャッチーさなので、それがかえって不気味だったりします。

 そして、ビーフハートの奏でるホーンがカッコいいです。ここではバス・クラリネット、テナー・サックスにソプラノ・サックスが使われています。フリーキーなプレイは明らかにこのアルバムの特徴の一つです。

 あいかわらず聴いていると気の休まる暇がない音楽です。神経を逆なでするそのサウンドは健在ですが、前作に比べれば一見落ち着いた衣装をまとっています。それが凄味を深堀しているようにも思えます。何とも凄まじい人です。

Lick My Decals Off, Baby / Captain Beefheart & his Magic Band (1970 Straight)