とてもややこしいアルバムです。ファースト・アルバムを発表した直後にキャプテン・ビーフハートとマジック・バンドはセカンド・アルバムのレコーディングを開始します。1968年4月のことです。創作意欲にあふれていたのでしょう、当初は2枚組が意図されていました。

 レコーディングが一息ついたところで、バンドの面々は、レコード会社の提案を受けて、彼らの音楽をより理解してくれていたヨーロッパにツアーに出かけます。これがよくなかった。プロデューサーのボブ・クラスノウに勝手をする機会を与えてしまいました。

 彼らが不在の間に、クラスノウは勝手にアルバムを仕上げてしまいます。それも当時流行だったサイケデリックなエフェクト処理を施して。メンバーには一切アドリブを許さないほどの完璧主義者のドン・ヴァン・ヴリートがこれを許すはずはありません。当然激怒です。

 しかし、アルバムは1968年に「ストリクトリー・パーソナル」として発売されます。これと前後してビーフハートはブッダ・レーベルを去り、レコーディング素材は宙に浮いてしまいます。その後、彼の評価が高まると、今度はブッダが勝手に音源を発表してしまいます。

 それが「ミラー・マン」です。本作品は、その「ミラー・マン」に同レコーディングの素材を加えて、1999年に発表された「ミラー・マン・セッションズ」です。ボーナス・トラックは、「アイ・メイ・ビー・ハングリー・バット・アイ・シュア・エイント・ウィアード」からの曲です。

 これは「ストリクトリー・パーソナル」のアウトテイク集として発表されたものです。もちろんエフェクト処理はありません。前作「セイフ・アズ・ミルク」のボートラと合わせると、ちょうどアルバムが完成する趣向です。

 「ミラー・マン・セッションズ」の最初の4曲が「ミラー・マン」の全部ですが、曲順は変更されています。ただしどちらも一曲目は「カルタの飛行機」です。ロバート・ジョンソンの「テラプレイン・ブルース」をビーフハート流に料理した曲です。20分近い長尺です。

 こちらでは続いて「25世紀のクエーカー教徒」、「ミラー・マン」、「カンディー・コーン」と流れます。この作品は、4曲だけで52分という当時としても異例の長尺アルバムでした。ビーフハート公認ではないはずなのに、そんなことを感じさせないテンションが続きます。

 英国でビーフハートに最も近い愚痴男ザ・フォールのマーク・E・スミスは「ミラー・マン」を聴きながら、「ドラムが、普通のロックみたいにベースのパートについていくんじゃなくて、ギターについていくんだ」と語っています。だからでしょうか、何か妙な気がします。

 どの曲もブルース的に延々と続くビートにのせた展開です。普通はそうなるとグルーヴが立ち現われてきて、恍惚としてくるということになるはずですが、そうはならない。このバンドにはハーモニーというものが欠けているのではないかと思います。

 そこがキャプテン・ビーフハート・サウンドの最大の魅力です。最初から最後まで頭が冴えたまま。通常のロックやポップスと脳みその違う部位で聴いているような気がします。謎にみちたサウンドです。本当に凄い。

Mirror Man Sessions / Captain Beefheart & his Magic Band (1971 Buddha)