フェラ・クティの膨大なディスコグラフィーの中でも特異な位置を占める作品です。何と言ってもフェラではなくて、女性がリード・ボーカルをとっているんです。こんな作品はこれが初めてのことでした。

 女性はフェラにとっては運命の人サンドラ・イザドア、フェラが1969年にアメリカに渡った際に出会った女性です。彼女との出会いがアフロ・ビートを誕生させることになったわけですから、彼女の役回りはとても重要です。

 サンドラのナイジェリア訪問はこれが二度目でした。最初はビザを出し渋る在米ナイジェリア大使を罵倒しています。「あんたの精神は奴隷のまんまじゃないの!だったら永遠に鎖に繋がれてりゃいいんだわ!」。凄い女性です。

 その時にもフェラとサンドラは一緒にライブをやっています。「正直、あんなにワイルドな女性ヴォーカル、聞いたことがない。だからもっと大勢の人に彼女の声を聞かせたいと思い」、作られたアルバムがこの「アップサイド・ダウン」です。

 サンドラはこのレコーディングのためだけにナイジェリアに二度目の訪問を行いました。「サンドラ人気は大変なものだったよ。しかも彼女の服装が・・・・やられた!シースルーのトップにミニスカート」。カッコいいです。

 この話にはさらに続きがあって、例の大使がナイジェリアに来ていて、新聞で彼女の写真を見て激怒し、彼女の国外追放を画策します。しかし、フェラは彼女を隠し通すことに成功しました。帰る時にはこれ見よがしに姿を見せつけたといいますから痛快です。

 サンドラはフェラと結婚するつもりだったのかどうなのか、自分でも分からないと語っていますが、ナイジェリアに永住するつもりがあったことは認めています。その願いは叶いませんでした。フェラとサンドラ、大西洋を隔てた二人の関りは考えさせられることが多いです。

 本作品はいつものように2曲で構成されています。一曲目がタイトル曲「アップサイド・ダウン」です。粘っこいアフロ・ビートが重い曲で、この頃のフェラの充実ぶりを示しています。このボーカルがサンドラです。

 テナー・ギターを含むいつものフェラの音楽が流れる中に、女声ボーカルが出てくると、身構えていても、正直、一瞬ぎょっとします。フェラはサンドラの声を「実に独特で最高」だと持ち上げており、ワイルドだと言っていますが、わりと女らしい声ですから余計です。

 一方、もう一曲の方、「ゴー・スロー」ではサンドラは歌っていません。こちらも典型的なアフロ・ビートの曲で、ラゴスの交通渋滞に引っかけた歌ですが、リード・ボーカル的なボーカルはなく、サンドラ向けに作った曲でないことは明らかです。

 サウンドはフェラ76年の充実ぶりを示すものですし、タイトル曲は歌詞もはアフリカではすべてがあべこべだという、この頃のフェラの主張の線にそったものになっていて、安心して聴けるはずなのですが、ここにサンドラ。聴いた私もまだどきどきしたままです。

参照:「フェラ・クティ自伝」カルロス・ムーア(菊地淳子訳)

Upside Down / Fela Anikulapo Kuti & Afrika 70 (1976 Decca Afrodisia)