「アドリア海の最深部、ラグーナの上に築かれた水の都、ヴェニス。迷路のように曲がりくねった路地裏を潮騒の香りに誘われながら歩いているとサン・マルコ広場に出た。教会の鐘が鳴る、キラキラと光を放つ水面にゴンドラがゆれている。彼らの音楽が聴こえてきた・・。」

 2015年10月28日に紀尾井ホールで行われたアレグロミュージック主催のコンサートのパンフレットにそう書いてあります。何とも叙情的な文章です。イタリア、バロックとなるとこういうイメージなんでしょうか。あまり水を感じることはないのですが。

 ジュリアーノ・カルミニョーラはイタリア生まれのヴァイオリニストです。そして、共演しているヴェニス・バロック・オーケストラは、1997年にアンドレーア・マルコンによって結成された、ヨーロッパ屈指の古楽器オーケストラです。

 カルミニョーラとヴェニス・バロック・オーケストラは、結成以来、多くの公演を重ねてきたそうで、バロック時代の音楽を現代に蘇らせるに大きな役割を果たしています。当時どのように鳴っていたのかを再現することは確かに大変興味あることです。

 両者はどちらもドイッチェ・グラモフォンと専属契約を結んでおり、その組み合わせでのCDは「世界中で絶賛され数々の賞を獲得しています」。グラモフォンもいいアーティストを抱えたものです。こんな人たちはそうそういません。

 この作品は、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲を5曲並べたものですが、何と全曲が世界初録音なんだそうです。「トリノの国立図書館において、ヴィヴァルディ研究者がカルミニョーラのために厳選したものばかり」ということです。

 ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲といえば、言うまでもなく「四季」が圧倒的に有名です。全クラシック作品の中でもベスト10に入る人気度を誇っていますから、ヴィヴァルディ作品は掘りつくされているのだと思っていました。

 それが5曲も世界初録音とは、かなり意外な気がいたします。「知られていなかったのが嘘のような傑作揃い」だと言われるのを聞くとなおさら意外感が増します。バッハ以前の作曲家というのはクラシック音楽完成前の歴史の一コマ扱いなのかもしれません。

 どの曲もヴィヴァルディらしいです。古楽器の音はチェンバロの音に代表される通り、やはり全体に線が細い。そこから出てくるのは竹で編んだようなサウンドで、これが何とも耳に心地よく響きます。

 それに装飾音が多く、細かなフレーズが連打されるので、相当なテクニックが必要とされるのではないかと思います。重厚な建築とはまるで異なる、華麗で華奢なイメージのサウンドが愛おしいです。午後のお茶が似合う音楽です。

 カルミニョーラは「目もさめるような技巧でバロック・ヴァイオリン界に君臨する」と言われる人ですから、まさにこの演奏が現代の最高峰なんでしょう。しゃらしゃらとなるサウンドに軽妙なヴァイオリンが乗ると、身も心も軽くなります。

Vivaldi : Concerto for Violin, Strings and Continuo / Giuliano Carmignola (2003 Deutsche Grammophon)