「『ドント・ノー・ホワイ』って、直訳すれば『何でだろう』ですよね」と誰かが指摘していたのが忘れられません。当時、日本ではテツandトモがブレイクし、巷では♪なんでだろう~なんでだろう♪が頻繁に聞こえ始めていました。

 しかし、お気楽な日本を他所に、アメリカでは前年9月の同時多発テロ911の衝撃がまだ深く社会を覆っていました。そんな2002年2月にノラ・ジョーンズのデビュー・アルバムがひっそりと発表されています。

 全米チャート入りは3月、その後じわじわと人気を獲得して、2003年1月に発売46週目にしてトップを飾りました。静かに広く人々の間に広まっていったわけです。世界各国でも大ヒットし、結果的には2000万枚を売り上げるモンスター・アルバムになりました。

 ニューヨークで歌っていた彼女を発掘したブルーノートはさすがという他ありません。アレサ・フランクリンなどを手掛けた大物プロデューサー、アリフ・マーディンを起用したほどですから、それなりに成算はあったのでしょうが、ここまでとは思わなかったでしょう。

 ノラ・ジョーンズは幼い頃から母親の膨大なレコード・コレクションを聴いて育っています。アレサ・フランクリンやレイ・チャールズ、ウィリー・ネルソン、ボブ・ディラン、トム・ウェイツ、ジョニ・ミッチェル、ニーナ・シモンの名前が挙がっています。

 その後、テキサスの大学でジャズ・ピアノを専攻しますが、旅行のつもりで訪れたニューヨークにそのまま定住し、音楽活動をしているところをブルーノートのブルース・ランドヴァルに見いだされてデビューしました。ニューヨークに出てきてからはほんの2年くらいです。

 初めて「ドント・ノー・ホワイ」が流れてきた時には驚きました。ポピュラー音楽がどんどん派手になっていく中で、ゆったりとしたアコースティックな演奏にのせた、ちょっとハスキーなノラのボーカルには不意を突かれて、思わず感動してしまいました。

 コロンブスの卵じゃないですが、こんなにシンプルな音楽が人々の心をとらえることがまだあるんだという驚きです。911の後、世界が求めていたのは彼女の唄でした。少なくとも2000万人に彼女の唄が寄り添ってくれました。

 基本的にはノラ・ジョーンズを中心としたバンドによる演奏です。ノラも曲を作っていますが、大ヒットした「ドント・ノー・ホワイ」を始め、多くの楽曲はバンド・メンバーの手になる作品です。ノラ自身は後にそこに葛藤を見出すわけですが、ここでは大成功です。

 歌詞が途切れたところでも擦過音が残っているような、魅力的なかすかにハスキーな声でもって、ジャズのエッセンスを凝縮したような見事なボーカルです。他人の作品を歌っても、彼女ならではの作品になっています。

 余計なギミックを一切排して、時代を超越したオーガニックな音楽です。フォークっぽくもあり、ジャズでもあり、ブルース・フィーリングありと、聴けば聴くほど味わい深い。さすがは、時代を画する名盤です。素晴らしい。

Come Away With Me / Norah Jones (2002 Blue Note)