ジャケットに驚いたのは私だけではないはずです。これまでのプログレ然としていたジャケットとは明らかに異なる、普通の青年マイク・オールドフィールドが海岸に佇む写真には、神秘的なところは何一つありません。

 前作から3年あまり。その間、マイク・オールドフィールドは失われた自信を取り戻し、人見知りを克服すべくエクシジェシスのプログラムを受講しています。「自分自身と人間の本性について見識を深めるまたとない機会」を得て、「僕を『再生』させてくれ」ました。

 エクシジェシスは、神経言語プログラミングと呼ばれる心理療法の一種です。マイクが再生したことで、一躍有名になった模様です。新興宗教のような捉えられ方をすることもあるようですが、何にせよ、人を救うのは良いことです。

 この作品は初期3部作に続く4枚目のアルバムです。創作意欲は留まるところを知らず、今度は2枚組超大作となりました。ただし、80分に満たない長さですから、CDでは1枚に収まっています。続けて聴けるのは良いことです。

 基本的な制作手法はこれまでと変わりません。マイクがさまざまな楽器を操り、一部ゲストが加わります。ドラムとパーカッションにゴングのピエール・モエルラン、アフリカン・ドラムのジャビュラあたりが目を引きます。

 今作ではボーカルが大きな役割を果たします。英国のフォーク・グループ、スティーライ・スパンのシンガー、マディ・プライアと姉のサリー、そしてクイーン・カレッジの女性合唱団が、歌詞を歌っています。

 その歌詞は、19世紀の詩人ロングフェローの「ハイアワサ」や、シェイクスピアと同世代の詩人ベン・ジョンソンの作品「シンシア賛歌」です。自らの手になる詩ではないところが面白い。古い詩を持ってきたことで、作品に重厚感が出ています。

 サウンドは明らかに明るい。そして、一聴して、ミニマル・ミュージックの様相が濃いことが分かります。反復する小刻みなリズムが全編を覆っており、躍動感に溢れています。「再生」という言葉を嚙みしめて聴くと納得できます。

 マイクは本作発表の際、積極的にメディア取材にも応じたばかりではなく、プロモーションのためのツアーにも出ています。以前の彼はとても消極的でしたけれども、まさにエクシジェシスの成果が表れています。人は変わるものです。

 人生が変わったことが、音楽に良い影響を与えたのはありがたいことです。往々にして、難しい性格が良作を生むと思われがちですけれども、メンタルに健康な人でも立派な作品を生み落とすことができることをここにマイクが証明しています。

 ケルトの要素、ゆるいアフリカン・ビート、教会音楽、シンセの多重録音、ディスコ。ありとあらゆる要素を見事に編み上げていく手法にはさらに磨きがかかっており、80分でも短いくらいです。前作までの魅力とは異なる新たな魅力が詰まった作品です。

Incantations / Mike Oldfield (1978 Virgin)