フレッド・フリスがレジデンツのラルフ・レコードに残した3部作の真ん中の作品です。前作「グラヴィティー」が結構好評だったこともあって、意気揚々と制作に臨んだ様子です。ジャケットは今回は当時のフリス夫人が担当しています。

 前作の顰に倣って、今作もA面とB面、それぞれ別のバンドと共演しています。まずA面はエトロン・フー・ルルーブランです。フランスのバンドです。エトロンは糞、フーは気違い、ルルーブランは白い狼。変なバンドであることは一目瞭然です。

 エトロン・フー・ルルーブランはヘンリー・カウの音楽フェス、ロック・イン・オポジションの第一回目に出演した5バンドのうちの一つとして知られています。ハルモニウムや口琴も使ったとても賑やかなバンドで、この頃のフリス・サウンドにぴったりです。

 B面はフリス自身のプロジェクトであるマサカーとの共演です。このバンドは、フリスのギターに、ビル・ラズウェルのベース、フレッド・マーのドラムというトリオ編成です。ビル・ラズウェルはまだまだ駆け出しの頃でした。

 マサカーはエトロンとは異なり、とてもニュー・ヨークを感じさせるストイックな音です。そもそもトリオ編成ですから、構成はとてもシンプルです。そういう意味では、A面とはかなり感じが違います。A面は前作と地続きでしたが、こちらはちょっと違う。

 この頃のフリスは大忙しで、マサカーとしてのライブやアート・ベアーズのアルバム制作などの他、ソロでの来日公演も行っています。その来日公演は2枚組のライブ・アルバムとしてリリースされています。

 日本とのかかわりが濃密になっていた時期で、このアルバムが紙ジャケで再発された際に挿入されたボートラには日本がらみの曲がいくつか含まれています。いきなり、♪おかあちゃん♪という声が日本語で聞こえてきたりするんです。

 特に灰野敬二や天鼓、竹田賢一、向井千恵、篠田昌巳といった日本のフリー・ミュージック・シーンを代表するアーティストとのコラボが目を引きます。この頃のフリスの自由奔放さと懐の深さは目を見張るものがあります。

 結果的に、さまざまなタイプのボートラが入っていても、このアルバムの一体感は損なわれることがありません。要するにフォークからロックから何から何まで何でもありです。前作はダンスがテーマでしたが、こちらはそれもない。何と言っても「スピーチレス」です。

 本編のサウンドも、子どもが缶けりをしている音、バグパイプの音、さまざまな効果音などを使った見事なテープさばきを見せており、ある意味ではせわしないほどアイデアが詰め込まれています。あまりのことに子どもも泣きたくなるというものです。

 前作ほどはほのぼのしていないのですけれども、これはこれでヘンリー・カウ的なサウンドに飄々とした持ち味を加味した楽しい作品に仕上がっています。スピーチレスというわりには、友人の家や街中で録られたという音があちらこちらで饒舌に語りかけてきます。

Speechless / Fred Frith (1981 Ralph)