完璧なジャケットというものがあるとすれば、このジャケットがそれに該当するでしょう。アルバム・タイトルをそのまま表した素晴らしい写真です。グランド・ホテルを舞台にした物語が千も二千も目の前に立ち現われてくるようです。

 アルバムに添えられたブックレットは、各楽曲のイメージを簡素な線画で表現したものになっています。ホテルの部屋に置いてある説明書の形にした方がさらによかったとは思いますが、これはこれでなかなか味わいがあります。

 オーケストラと共演した前作が全米トップ5にランクされるというまさかの大ヒットを記録したプロコル・ハルムですけれども、このアルバムはクラシカルにはなりませんでした。メンバーはギターのデイヴ・ボールが去って、代わりにミック・グラバムが加入しました。

 メンバー交代はそれだけなのですけれども、サウンドはポップ時代に突入したと一般に言われています。ただし、さほどポップな感じもしません。むしろプログレであり、シンフォニックでありと、普通ならばポップとは言われないサウンドです。

 プロコル・ハルムの場合には、イギリスのザ・バンドと言われたR&B風味とオーケストラとの共演に象徴されるクラシック趣味がその特徴でしたが、このアルバムあたりからは、どちらもが昇華されて来ています。それがポップの意味合いなのでしょう。

 私はむしろこのプロコル・ハルムが大好きで、「グランド・ホテル」はそれこそ愛聴したものです。クリス・トーマスの粘っこいプロダクションで壮大なオーケストレーションが冴えわたる何とも不思議な味わいのサウンドには心底魅了されました。

 このタイトル曲のヨーロッパ的なデカダンな色合いは素晴らしい。装飾過剰なサウンドとためにためたリズムがこの上ない豊潤な香りを漂わせています。「青い影」路線をよりブラシュ・アップしたサウンドです。例えようもなく魅力的です。

 ジャケットやブックレット、そしてこのタイトル曲ですから、このアルバム自体がコンセプト・アルバムであるかのように思われがちですけれども、詩人のキース・リードによればそういうコンセプトはないそうです。確かに各楽曲でテーマは全く違います。

 よく話題になるのは「スーヴェニア・オブ・ロンドン」です。ロンドンで土産をもらったという歌詞で、これが性病のことを示唆しているため、BBCでは放送禁止になっています。変な歌です。キース・リードの書く詩は全くもってへんてこりんです。

 もう一つ話題はスウィングル・シンガーズのクリスティアン・レグランドの参加です。これがまたヨーロッパ的な色彩を添えて美しいです。ハードなロックがあるかと思うと、クラシカルなコーラスが冴える楽曲もあるというわけです。

 しかし、全体を貫くサウンドは統一感がありますから、あながちコンセプト・アルバムと評しても間違いではない気もします。大たいホテルですから、宿泊客の物語だと牽強付会は許されるはず。全体を一つの作品として浸れるアルバムなんです。

Grand Hotel / Procol Harum (1973 Chrysalis)