バート・ヤンシュはスコットランド生まれのフォーク・シンガーです。英国ですからフォークよりもトラッドと言いましょう。しばしば英国のボブ・ディランと呼ばれましたけれども、英国での彼の位置づけがボブ・ディラン的というわけではありません。もう少し地味目です。

 彼の活躍場所としては創設メンバーの一人となったペンタングルが有名です。このバンドは大いに商業的な成功を収めましたが、バート・ヤンシュはどうもそうしたところに落ち着かない気持を抱いたようです。

 この作品はバート・ヤンシュが妻と住んでいたサセックス州の村で制作されました。プロデューサーのビル・リーダーがポータブルな機材をもって定期的に訪れては、少しずつ作ったアルバムです。彼のソロ・アルバムとしては7枚目になります。

 「作るのに1年かかったよ」とはバートの弁。「ビルはよくコテージにやって来て、週末を過ごしたものさ」ということで、「レコーディングをしたい気になったら、そうしたんだ」と、かなり気ままな制作過程を辿っています。よほどビルに理解がないとできない芸当です。

 バンドに対する興味を失っていたバート・ヤンシュが、「頭の中にあったものは何でも試した」わけですから、バンドのサウンドとはかなり違います。まあ、ギター一本の弾き語りですから、バンドになる訳がないのですが。

 ジャケットの通りの音楽です。ジャケットに描かれた絵は中世ヨーロッパの雰囲気が漂います。シェイクスピアやロビン・フッド、映画で言えばティム・バートンの「スリーピー・ホロウ」。おとぎ話の中の古き良き英国です。

 タイトルもまた素敵です。地方都市の旧市街にある暗い石畳の小道にこんな名前が付けられていそうです。ロンドンでもレーンと名がつくと、大通りから一歩入った薄暗い路地になりますから、いろんな魔物が潜んでいます。

 アルバムは全部で13曲、すべてがバート・ヤンシュの作曲による曲か、彼がアレンジを施した曲です。一曲、ロバート・ジョンソンの曲を取り上げているので、しばし孤高のブルース・シンガーとの接点に興奮したものですが、全くの別人でした。

 やはりアメリカ南部と中世の英国とはまるで異なる世界です。物の怪の気配が違います。バートの何とも不思議なタッチのギターは通常よりも細い線を使っているかのごとく、繊細でいて力強い音色が美しいです。うねうねと魔女仕様になった枝のようです。

 各楽曲にはヤンシュの一言コメントが添えられています。大半はテクニカルなものですが、一部、アメリカを糾弾するものがあったり、ほのぼのコメントがあったりと一筋縄ではいきません。近寄りがたいポートレート写真とともに、見る者を不安にさせてくれます。

 美しいサウンドには間違いありませんし、緊張感のあるクオリティの高いアルバムですけれども、ごつごつしたボーカルと冷たい感触のギターの組み合わせはお茶の間の友には程遠いです。細く長く注目を集める作品だと言えます。

Rosemary Lane / Bert Jansch (1971 Transatlantic)