笑ってしまいたい衝動にかられますが、鼻がひんまがったジャケ写は、見開き内側に掲載されているチェ・ゲバラの遺体の写真などと並べられると、とてもシリアスな意味をもっていそうです。私は名作映画「ソウ」を思い出しました。

 紙ジャケ再発盤では邦題は「ロジャー」となっています。しかし、ジャケットにはわざわざ「間借人」と漢字で書いてあります。なぜ、それを持ってこないのか、理解に苦しみます。居候的な雰囲気もある「間借人」という言葉はアルバム・タイトルとして本来パーフェクトです。

 このアルバムは、ベルリン三部作の最終章と言われるものの、その言い方に違和感を感じてしまう作品です。そもそも録音はスイスのモンタレーで行われていますし。どれもこれもちょっと違和感がある、そんな作品です。

 「ヒーローズ」の後、ボウイは大がかりなツアーを行い、そのライヴは「ステージ」としてアルバム化されています。ボウイのライヴ・ツアーの一つの頂点をきわめたツアーでした。解説によれば、そのツアー演奏のノリをそのままパッケージにするのがこの作品のコンセプトです。

 したがって、演奏陣はツアー・メンバーが中心で、カルロス・アロマー、デニス・デイヴィス、ジョージ・マレイの中核トリオに、ギターで参加のエイドリアン・ブリュー、トッド・ラングレンのユートピアからロジャー・パウエルなどとなっています。

 しかし、ちょっと待ってください。このアルバムで最も活躍しているのは、メンバーとしてはツアーに参加していないブライアン・イーノです。イーノの全面的な参加がこの作品をベルリン三部作としている理由ですが、三作中でもこのアルバムのイーノ色が最も濃い。

 ボウイは、全10曲中6曲をイーノと共作しています。前2作に比べると、イーノらしいメロディーやサウンドが満載です。たとえば、「アフリカン・ナイト・フライト」。リズム・サウンドもそうですし、コーラスの雰囲気などはイーノのソロ・アルバムだと言ってもおかしくない。

 これまでジャーマン・プログレの影響はあまり直截ではありませんでしたが、「レッド・セイル」のモータリック・ビートはまるでノイ!そのものです。この少し前にイーノがクラスターとアルバムを作っていることを思い起こさせます。

 本作品は、前二作の方向性を追及することなく、成功したツアーのメンバーにイーノを加えて、気楽にさまざまな実験をしてみたというものではないかと思います。「素晴らしき航海」は「ボーイズ・キープ・スウィンギング」とほぼ完全に同じコード進行だとか。

 「ムーヴ・オン」は逆回転すると「すべての若き野郎ども」だとか、アラビア語で「長寿」を意味する「ヤサシン」の脱力砂漠系サウンドだとか、「怒りをこめてふり返れ」のヴェルヴェッツ感だとか。明るく前向きにすべてのアバンギャルドをポップさの中に取り込んでいます。

 「ヒーローズ」の絶頂から、次の高みに至るには、一度力を抜いて気ままに遊んでみることが必要だったんでしょう。そう思うと、なかなか味わいのある作品です。この後のイーノとボウイの行く末に花開く音楽の種がいろいろと埋まっている面白い作品です。

Lodger / David Bowie (1979 RCA)