フェラ・クティはそれまでからナイジェリアのエリートたちへの口撃を続けてきましたが、ここに初めて具体的な固有名詞を題名にもってきました。「アラグボン・クローズ」は当時の首都ラゴスにあるナイジェリア警察本部の通りの名前です。日本風に言えば「桜田門」です。

 1974年、フェラは麻薬所持容疑で逮捕勾留され、警察本部でひどい目に合わせられます。権力にはどうしても暴力が付き物です。警察は国家の暴力装置ですから、国家権力にたてつくものを容赦しません。

 ガバナンスのしっかりしていない国だと歯止めがかからず、行き過ぎた暴力で反権力に対処してみたり、何ら罪もない善良な市民を苦しめたりすることになります。権力にいかにたがをはめるかということが人類社会の歴史だと言っても過言ではありません。

 フェラはアラグボン・クローズで行われているあらゆる不正を告発します。警察がどんな計略を用いて社会をコントロールしているか、金持ちにはこびへつらい、貧乏人には情け容赦ない。不正と腐敗の総本山です。

 権力との直接対決は否が応でもフェラの創作意欲を掻き立てます。まずはジャケットが燃えています。カラクタ共和国を背後にしたフェラの左腕には鎖がつけられています。右手には警察が炎上しており、下半分ではパトロール船がクジラにひっくり返されています。

 大パニックの中でフェラは躍動します。本作品は彼の基本形であるLP両面に一曲ずつとなり、前半がタイトル曲です。この「アラグボン・クローズ」をもって、アフロ・ビートは完成したと言ってもよい充実ぶりです。

 フェラのアフロ・ビートを構成するさまざまな要素はこれまでに大概出てきていましたが、この作品にはその全てが含まれています。フェラのオルガン、トニー・アレンのドラムと三人のコンガ、テナー・ギターとリズム・ギター、4本のホーン・セクション。

 ピジン英語による直截なメッセージとコール・アンド・レスポンス。そのどれもが粘っこく混ざり合い、聴く者の内臓をかきむしる悶絶の音となっています。これからしばらく続くアフロ・ビートの黄金時代の始まりを感じます。

 二曲目の「アイ・ノー・ゲット・アイ・フォー・バック」は、「後ろに目なんてねえよ」ですが、これは「アラグボン・クローズ」の続編と言ってもおかしくない曲です。随分短いのが玉に瑕ですが、よりインストに比重を置いたこちらもなかなかの力作です。

 ミニマルなフレーズが延々と繰り返されるアフロ・ビートは本当に人を幻惑させます。聴いているうちにおかしくなってくる人もいるのではないでしょうか。危険な香りがぷんぷんしますから、一方的にナイジェリア警察を責めるのも酷かもしれません。暴力はいけませんが。

 とにかくテンションが高いです。アフリカ70の演奏も脂が乗り切っています。特にホーン陣の充実ぶりがいいです。ひずんだような音になっていますが、力強くブロウする彼らの迫力には思わず尻が上がります。間違いなくフェラの傑作群の一つです。

参照:「フェラ・クティ自伝」カルロス・ムーア(菊地淳子訳)

Alagbon Close / Fela Ransom Kuti & Africa 70 (1974 Jofabro)