ジュリアン・コープは今や音楽評論家として名高いです。ドイツや日本のロック事情について、これほど深く研究した本を出した人は他にいないと思います。辺境ロック評論の第一人者と言ってよいでしょう。

 その彼のソロ・デビュー作がこの作品です。ジュリアンは、リヴァプールのポスト・パンク・バンド、ティアドロップ・エクスプローズのフロントマンとして成功を手にしました。その名が日本にまで轟いたというほどではありませんが、英国ではかなりなスターでした。

 しかし、クイーンのツアー・サポートで痛めつけられ、そして、シンセ中心の音楽に嫌気がさしたジュリアンの決定により、1982年11月にティアドロップ・エクスプローズは解散してしまいます。この作品は、それから約2年を経て発表されました。

 制作の友に選んだのは、ボンド・ストリートで弾き語りをやっていた「リヴァプールで一番トム・ヴァーレインに近い男」スティーヴン・ロヴェルとディアドロップの盟友ドラムのゲイリー・ドワイヤーの二人です。

 忘れてはならないゲストにオーボエのケイト・セント・ジョンがいます。ドリーム・アカデミーで活躍した人で、彼女のオーボエはこのアルバムでとても重要な役割を果たしています。アルバムのカラーを決定づけていると言ってもよいでしょう。

 先行してシングル発表されたのが「サンシャイン・プレイルーム」です。クレジットはありませんが、エルトン・ジョンで有名なポール・バックマスターによるストリングスが配されています。さらにビデオも作られており、レーベルの期待のほどが分かります。

 しかし、このビデオは暴力的だとしてほとんど放映されませんでしたし、まるでこのアルバムのサウンドを代表していない変な曲「サンシャイン・プレイルーム」は全くヒットしませんでした。ティアドロップ・エクスプローズのカッコいい曲とは対極にあります。

 二番目のシングルは「グレイトネス・アンド・パーフェクション」でいまだに私の耳にこびりついている名曲です。しかし、私の友人は「♪パーパパーパパ♪はねえだろう」と言っておりました。ちょっと同意します。つまり、彼に対する勝手な期待を裏切っているわけです。

 当時のプレス関係者は戸惑いを隠せないようでした。大貫憲章さんでさえ、「ロマンティックで牧歌的、そしてサイケデリックでイマジナティブな不思議な世界」と評しています。アントン・コービンの写真に現れているように、荒涼とした心象風景が皆を途方に暮れさせました。

 しかし、そのことはこのアルバムが本物であることを示しています。多くの人がシド・バレットの作品を思い浮かべたように、シンプルなサウンド・デザインの中に無限の世界が広がっています。ジュリアンと親密に話をしているような気にさせる音楽なんです。

 「エレガント・ケイオス」や「さすらいの詩人」、「ヘッド・ハング・ロウ」に「ルナティック・アンド・ファイヤー・ピストル」と私の頭の中で30年も鳴り続いています。私は、ジュリアンと今でも友だちな気分が続いています。

World Shut Your Mouth / Julian Cope (1984 Mercury)