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1990年代の初めに、そんな英国の音楽雑誌記事を見かけたのですが、そこで取り上げられていたのがスティーヴ・ハーリーでした。彼の書く歌詞が大学で研究対象にされているという事実を告げられ、戸惑うスティーヴの姿がとても印象に残っています。
元ジャーナリストのスティーヴがコックニー・レベルを結成したのは、諸説ありますが、1973年と言われています。ほとんどのメンバーはオーディションで選ばれており、それにもかかわらずあっという間にEMIとの契約に漕ぎつけました。
そして、同年11月にはこのデビュー作「美しき野獣の群れ」が発表されています。原題を直訳すると「人間動物園」なのですが、このジャケットから想像できる通り、グラム・ロックの文脈に置かれましたから、「美しき野獣の群れ」となったのも頷けます。
さらに帯には「黄昏の欧州のモダニズムとロマンティシズムをグラマラスにドレス・アップして70年代のロンドンに舞い降りた禁断のヒーロー」とスティーヴを称し、この作品のことは「耽美と狂気の間に咲いたシュールでポップな逸品」と呼んでいます。
この帯から当時のグラム・ロックの勢いを感じてほしいと思います。その勢いがなければ、こうまでトントン拍子にくることはなかったでしょう。その意味では彼らの戦略は功を奏したと言えるかと思います。
しかし、決してそのサウンドは侮れるものではありません。ほぼギターレスという当時のロック界の常識を覆す編成で、見事なまでに演劇的な世界を繰り広げていきます。私は、英国のポップというと、真っ先にコックニー・レベルを思い浮かべます。
ところが皮肉なことに彼らの人気はヨーロッパ大陸での方が高い。アルバムの先行シングル「悲しみのセバスチャン」は英国ではヒットしませんでしたが、ヨーロッパ各国でチャートを制する大ヒットになりました。日本でもこの曲はちょっとしたヒットです。
元ジャーナリストとして筆の立つところをみせるスティーヴ・ハーリーの学術研究にも耐えうる歌詞の世界と、ボードヴィルのようなサウンドが相まって独特の世界を繰り広げた「悲しみのセバスチャン」はなり切って一緒に歌うとさらに感動が増します。
その他の楽曲もタイトルを見ただけで物語になっていることが分かるものばかりです。B面最後の10分近い大作「死の旅」は恐らく自信作でしょう。歌詞は比較的短いものの、ここでは組曲風のサウンドが物語を紡いでいきます。ピアノの練習曲風のメロディーがいいです。
この時代のロンドンならではのサウンドで、ブルース臭やロッケンロール度の低い端正なポップは聴き応えがあります。急造バンドをここまでまとめあげるスティーヴのカリスマ性は大したものだと思います。
The Human Menagerie / Cockney Rebel (1973 EMI)