何で家にあるのか分からないCDを誰しもお持ちではないかと思いますが、私にとってはこのCDがそうです。最近買ったはずなのですが、何で買ったのか全く忘れてしまいました。アーティスト名にも何の知識もありません。

 というわけで、少しでも思い出そうとネットでこのCDを調べてみましたら、その解説が皆目理解できませんでした。知っている名前が一つも出てきません。そんなCDのことを書こうというのですから、我ながら無謀な試みです。何とかやってみます。

 この作品はニューヨークで流行っているサンプリング・ヒップホップと言われるサンプリングを多用したヒップホップの新星と言われるレイ・ウェストのプロデュース作品です。ウェストはレッド・アップルというレーベルを主宰していて、この作品は同レーベルの作品です。

 ジャケット写真にはアルバム・タイトルとなっている「レイズ・カフェ」が写っています。看板には「ジャズ、ソウル、ブルースの保存に捧げる」と書かれています。「レイズ・カフェ」は1970年代のスモーキーなジャズ・カフェでのサウンドを再現した体のシリーズ作品らしいです。

 実際、小さなカフェで演奏していることを記号的に示すかのように、人々のざわめきや拍手がサウンドに添えられています。盛大な拍手ではなくて、あくまで小さな集まりでの拍手です。とても控えめで親密感が高いです。

 今回、レイ・ウェストのプロデュースでラップを披露しているのは、OCことオマー・クレイドルです。1971年生まれのOCは、アンダーグラウンド・ヒップホップ・シーンで活躍するDITCのメンバーの一人です。レッド・アップルの共催者AGもメンバーです。

 この作品はもともと9曲入りのEPとして発表されていて、そこに未発表曲5曲を追加収録してフルサイズのCDとして発表されたものです。もはやCDにこだわらないはずのアメリカなのに面白いものです。

 サウンドはシリーズのコンセプトに沿って70年代のジャズやソウル、R&Bの香りがします。ただし、それほど強烈かと言われるとそうでもなく、現代から少し昔を振り返ったといった程度です。とても聴きやすく、耳になじみの良いサウンドが展開しています。

 ヒップホップの世界は最先端のサウンドでなければならないという強迫観念があるように感じることがありますが、ここで展開する世界はとても落ち着いた我が道サウンドです。OCのラップは貫禄が漂うもので、もはやヒップホップも歴史を重ねてきたなと実感させてくれます。

 ウェストの真骨頂は「サンプリング美学」にありますから、ここでのサウンド群はサンプリングによるものと言えると思います。道理で馴染みがいいはずです。音色そのものでの冒険がない。安心して聴ける耳に優しさです。

 同じコンセプトの下にあるにしても、仔細に聴くと意外とバラエティーに富んでいます。その点では飽きない作りになっています。2014年作ではありますが、現代というよりも少し過去の音で、聴いていると時代感覚が失せる不思議なサウンドです。

Ray's Cafe / Ray West & OC (2014 Fatbeats)