桂枝雀師匠のショート・ラクゴに定期券を拾った男の話があります。拾って喜ぶのですが、よく見ると、その券面には名前も日付も、おまけに定期区間を表わす駅名も見当たりません。「何で定期って分かったんやろ?」と頭を抱えるところがオチとなります。

 ストラングラーズを聴くと、この話をいつも思い出します。「何でパンクって分かったんやろ?」。というのも私のパンク初体験はこのストラングラーズの「グリップ」だったんです。まだパンクが紹介され始めた頃、いきなりテレビから流れてきたPVはまぶしすぎました。

 かなり衝撃を受けましたし、とにかく物凄く格好良く見えました。狭い部屋の中で、ヒュー・コーンウェルがマイクを巻き込むように歌う姿には鳥肌が立ちました。噂を聞いてイメージしていたパンクの音とぴったり一致していたように思いました。

 ところが、当時はアルバムもシングルも買わなかったので、さほど濃密に接したわけではなく、私の脳内で「グリップ」の音楽が、どんどんビートが加速し、キーボードは抜け落ち、ボーカルはますますドスが効いてきたようです。

 私にとっては、「パンク」というジャンルそのものを代表する曲になっていました。そして、何年も経ってから改めて聴いてみて、最初の感想に行き着くわけです。いわゆる「パンク」とは随分違います。

 ストラングラーズは1974年に結成されています。リーダーのヒュー・コーンウェルはスティーヴン・タイラーやドナルド・フェイゲンと同年代、ドラムのジェット・ブラックはすでに40歳近く、年代からしてパンクではありませんでした。

 さらにヒューもジャン・ジャック・バーネルも学位をとっていますし、街のチンピラとはわけが違います。それに音楽面でも素人といういわけではなくて、ある程度経験を積んでいる人が多いです。

 何でパンクか、それは当時デビューしたバンドは、プログレやヘビメタなどにあからさまな志向を持っているバンドでなければ、みんなパンクと呼ばれたからです。今となってはパンクというよりもパブ・ロックのバンドだと言った方がよほどしっくりきます。

 これはストラングラーズのデビュー作です。政治的な歌詞やアジテーションに満ちたボーカルは存在するものの、パンク的なビートはここにはありません。ミニマルに刻むオルガンが哀愁を漂わせてもいますし、何よりも楽曲としての完成を目指す音楽志向があります。

 パンク的ではありませんけれども、こだわらなければブリティッシュ・ロックの伝統に根差したなかなかの実力派であることが分かります。ぶんぶん鳴るジャン・ジャックのリード・ベースとテクノの先取りっぽいデイヴ・グリーンフィールドのオルガンがサウンドを特徴づけています。

 ヒューのギターはリズムに徹していて、そこもまた新しい感覚です。当時雨後の筍のように生まれた新人バンドに比べれば、成熟度は高いですが、彼らとしてはまだまだ粗削りな印象です。そこも含めて当時のブリティッシュ・ロックを代表するアルバムだと言ってよいでしょう。

Rattus Norvegicus / The Stranglers (1977 United Artists)