「野生」は、パリで活躍するユーゴ生まれの監督フレデリック・ロシフさんのTVドキュメンタリーのために制作された作品です。彼の作品の多くはヴァンゲリスさんが音楽を担当していますから、息の合った名コンビだったんでしょう。

 片山伸さんのライナーによれば、「野生」は「バリ島、シンガポール近辺の島々、ジンバブエなどの辺境の地を訪ね、野生動物だけではなくそこに住む現地人の生態までをもとらえた、ヒューマン・ドキュメンタリーTV番組として21回にわたって放映されたもの」だそうです。

 フレデリックの作品の半分はヴァンゲリスさんが音をつけていて、特に「野生」「野生の祭典」「動物の黙示録」三部作は有名です。いずれも音楽作品として公式にリリースされていて、ヴァンゲリス作品の中でも人気が高いです。

 「霊感の館」はもとより、他のRCA時代の作品とはうって変わって、見事にサントラ風に仕上がっています。シンセサイザーをバリバリ鳴らしているというよりも、エレピなどを効果的に使っていて、とてもやさしく分かりやすいサウンドになっています。

 ゲストにはイエスのジョン・アンダーソンさんが参加しています。歌うのかと思いきや、「紅鶴」という曲の中でハープを弾いています。意表をつかれましたが、これがなかなか決まっています。ボーカリストの余技ですから、こちらも暖かい目を向けてしまいますし。

 この作品の冒頭に置かれた「賛歌」は、ヴァンゲリス作品の中でも人気の高い作品です。ほんの2、3分の曲ですけれども、結婚式の入場曲に使われることが多いといいます。確かに、幸せなカップルの入場には相応しいロマンチックな曲です。

 アルバムは、さらに「夢」「子供」「かもめ」「クロマティック」「アイルランド」「紅鶴」と続くわけですが、21回も放送されたドキュメンタリー番組ですから、全体が網羅されているわけではありません。膨大な音源が制作されているはずです。

 それにロマンチック・コメディーでも何でもない野生のドキュメンタリーですから、全編ロマンチックな曲調という訳ではないでしょう。しかし、ここでセレクトされている楽曲は全体にとても甘いメロディーを持つ曲ばかりです。

 リズムが強調された曲もありません。意図的に選び出されたと考えればよいのか、それともドキュメンタリー自体が野生への愛に満ち溢れたロマンチックな作品なのか、どっちでしょう。ジャケットからは伺いしれません。

 ヴァンゲリスさんの織りなすメロディーは、どこか東洋的です。西洋的過ぎないと言う言い方が正しいかもしれません。全世界を相手にしたドキュメンタリーですから、こういう音楽が向いているのでしょうね。

 本人は映画音楽作家だと言われたくないそうですけれども、一般の方に映る姿はまさに映画音楽作家としてのヴァンゲリスです。その本領を発揮した作品だと言えます。ロックからは遠い音楽ですけれども、これはこれでいろんなシチュエーションに合う音楽です。

Opera Sauvage / Vangelis (1979 Polydor)