フランク・ザッパ先生の生前最後のロック・ツアーとなった1988年のツアーを音源とする作品です。この年に行われた大統領選挙に間に合わせるべく発表された作品で、明確な政治的な主張に貫かれています。

 この作品以降は、現代音楽風の新作はありますが、ロック・バンドでの作品はアーカイブ的なものばかりになりますから、実質的に最後のロック作品だと言ってよいかもしれません。88年バンドは後に2枚組が2セット発表されますけれども、新曲中心はこれが最後なんです。

 そんな感慨を抱きながら、この作品に向かい合いますと、感激も一入です。ここのところ、恒例となっているシンプルなジャケットに写るザッパ先生の落ち着いた笑顔が素敵です。アルバムの内容はレーガンの共和党政権に対する怒りに満ちているのですが。

 88年バンドはいつにない大所帯でした。先生を入れて12人の編成で、ホーン・セクションには5人もの名前が連なっています。リズム隊はスコット・チュニスのベース、チャド・ワッカーマンのドラム組とエド・マンのパーカッションで、ともにお馴染みのメンバーです。

 ボーカルのアイク・ウィリスとボビー・マーチンも84年組です。ホーン以外の新加入はそこそこボーカルもこなすギターのマイク・ケネアリーです。ホーンにはマザーズ時代のブルースとウォルターのファウラー兄弟の名前が嬉しいです。フロー&エディーもリハーサルには参加したそうですが、結局、ツアーには参加していません。残念です。

 このバンドは入念にリハーサルを重ねて、ツアーに臨んだようで、ザッパ先生も大いに満足だったようです。技術に秀でたメンバーばかりですし、結果的にそうなってしまった最後のツアーに相応しいバンドでした。なお、クレジットのあるゲスト・ボーカルのエリック・バクストンはザッパさんのおっかけファンだそうです。

 この年の大統領選挙は父ブッシュが選ばれ、共和党政権が続きました。ブックレットに大書してあるレーガン大統領の言葉「事実は愚かなことだ」が皮肉に映ります。権力の欺瞞と横暴を告発し続けるザッパさんの姿勢が貫いたアルバムをもってしても、選挙の結果を覆すことはできませんでした。この上は大統領選挙に立候補するしかないと考えたかどうか。

 アルバムは充実しています。久しぶりのストレートなロック新作ですから、私はとにかく嬉しかったです。アイクのラップもありますし、「アンタッチャブル」や「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」や、「ルイルイ」やら既成曲のつまみ食いもよく考えられていて素敵です。

 そしてこの作品にはスティングが出演し、ザッパ先生の敵ジミー・スワガート師を批判して彼にディスられたポリスの「マーダー・バイ・ナンバーズ」を歌っています。政治的な主張に貫かれているアルバムの流れにまことに相応しいです。

 私はこのアルバムの中の「エニイ・カインド・オブ・ペイン」が大好きです。女性蔑視的な歌詞は感心しませんが、美しいメロディー・ラインを持つ佳曲で、ギター・ソロが素晴らしいです。ザッパ先生にしては珍しいクリア・トーンで奏でられる湿り気を帯びた音は最高です。先生の健在ぶりを遺憾なく世間に示した素晴らしい作品です。

Broadway The Hard Way / Frank Zappa (1988 Barking Pumpkin)