意表をついたジャケットは、ヴァンゲリスさん本人のデザインになるものです。ヘッドフォンのジャックでしょうか、螺旋には違いありませんが、普通、螺旋といって持ってくるイメージではありません。面白いです。

 ジャケットの下方に小さな字で、老子の言葉が書いてあります。これが螺旋の正体です。英文では、「ゴーイング・オン・ミーンズ・ゴーイング・ファー、ゴーイング・ファー・ミーンズ・リターニング」、原文は「逝曰遠。遠曰反。」、「老子」象元第二十五の一節です。

 英文の方がまだ分かりやすそうですね。ここは「道」とは何かを説いたところで、道は遙か彼方に及び、果てしなく行けば原点に戻って来る、という意味です。実際、地球を進んでもそうなりますし、宇宙を進んでもそうなるようですから、まさに真実をついています。

 ただ、一見、なるほど螺旋だなと思わせないではありませんが、考えてみれば何の関係もありません。誤読の匂いがプンプンいたします。まあ、それもご愛嬌ということでよろしいかと思います。

 ヴァンゲリスさんの前作のテーマは宇宙でした。今回も宇宙と言えば宇宙ですが、前作の即物的な宇宙と違って、今回は精神世界も含めた宇宙、より哲学的かつ宗教的な宇宙に向かったと言えるのかもしれません。

 しかし、サウンドの方は、あまりそうした精神世界とは関係ありません。相変わらずのニュー・エイジぶりを発揮しています。この作品では、前作までと比べてシンセがより活躍するようになりました。他にはパーカッションくらいなものです。

 ヤマハの名機CS-80がこの作品から登場しました。これがヴァンゲリス史に残る事件です。このシンセは100万円を超える価格でしたが、それまでのGX-1が700万円もしたことから比べると随分庶民的になったと言われたものです。

 新しい機種が入るとバリバリ使いたくなるのが人情というものです。存分に活用されており、われわれが普通に考えるシンセサイザー音楽の典型的な姿がここに現れてきました。どこからどう切ってもシンセ音楽です。

 機材が良くなったことで、より複雑な音が出るようになり、暖かみが増した感じを与えます。ヴァンゲリスさんはもともと美メロの人ですから、ますます本領発揮ということになってきました。ただやり過ぎなんでしょう、この作品は前作、前々作ほどのヒットはしていません。

 この作品も日本でほぼリアルタイムに発売されています。当時、ヨーロッパのプログレがちょっとしたブームでしたから、ヴァンゲリス作品もその波に乗りました。しかし、当時から思っていましたが、ヴァンゲリスさんにはロック感が全くありません。

 クラウト・ロック界に多いタンジェリン・ドリームなどの電子音楽にはロックという言葉が似合うのですが、ヴァンゲリスさんはちょっと違う。今ならニュー・エイジで済むのですが、当時はそういう言葉はなかったので、ロック界では扱いかねていたことを覚えています。

Spiral / Vangelis (1977 RCA)