「お尻だって洗ってほしい」のCMで戸川純を知った人と、「玉姫様」で戸川純を知った人と、ゲルニカのこの作品で戸川純を知った人との間には分かり合えないものがあるのではないかと思います。それほどいろんな顔を持った女優さんです。

 この作品はYMOのレーベルとして認識されていたアルファ・レコードのYENレーベルから発表されたゲルニカのデビュー作品です。戦前の日本のような世界を描いた作品で、ここまで徹底するとさすがに唸らされます。当時聴いた時にはびっくりしたものです。

 ゲルニカは戸川純さんのボーカルと上野耕路さんの演奏、そして太田蛍一さんによる歌詞の三人組だと言えばいいのでしょうか。結局、これ一作を出しただけで、すぐにそれぞれがソロ作品を発表していくことになります。

 ジャケットからして凄いです。岩波ホールで見た「ラ・パロマ」の一シーンのような構図ですけれども、徹底的に昔の日本です。しかし、そう言い切ることにはかなり躊躇されます。むしろ中国なんですね。共産主義中国。あるいは北朝鮮。

 戦前の日本は中国や朝鮮と合わせてある意味一つの文化圏だったわけですから、ここらあたりは合わさってしまうんでしょうね。李香蘭の日本、上海や満州にも現れた構成主義、共産主義の描く夢、そんなものがないまぜになっています。

 楽曲のタイトルを列挙するだけで、世界観が分かろうというものです。行きますよ、「ブレヘメン」「カフェ・ド・サヰコ」「工場見學」「夢の山嶽地帯」「動力の姫」「落日」「復興の唄」「潜水艦」「大油田交響曲」「スケエテヰング・リンク」「曙」です。やっぱり毛沢東の色が濃いような気がします。

 歌詞の内容はまるで戦前歌謡です。まあそのままではなくて、戦前歌謡と聞いて思い浮かぶような内容、要するにパロディーですね。封入されたブックレットにもフェイクな旧かな遣いで各楽曲の解説が書いてあります。さぞや楽しかったことでしょう。

 上野さんが使用している楽器はオルガンやシンセ、そして何とオンドマルトノです。電子楽器の草分けにして、演奏自体がダンスのような妙な楽器です。無国籍、無時間感がいや増しに高まるへんちくりんな楽器です。

 作曲も担当する上野さんは、こうした楽器を駆使して、戦前の雰囲気を醸し出しています。何とも味わいの深いセンスの良いサウンドです。真剣なお遊びの感じがとても気持ち良いです。

 そして、何と言っても戸川純さんのボーカルです。オペラというわけではないのですが、クラシックの声楽教育を受けた女性歌手が、蝋管レコードに吹き込んだような唄になっています。唯一無二でした。こちらも真剣に遊びに対峙しているように思えます。

 音楽監督は細野晴臣さんです。当時のYMO近辺のお洒落はこうしたところにありました。懐かしい80年代です。

改造への躍動 / ゲルニカ (1982 YEN)