怒りや悲しみ、喜びなどの感情を、歌詞を使わずに音楽で表現することは、それほど珍しいわけではありません。しかし、悪意となるとどうでしょう。威嚇などの行為を伴わない悪意の表現は難しそうです。

 KLFのこの作品は成功しました。何とも悪意に満ち溢れた音楽です。音の表面にそう書いてあるわけではありませんし、人を混乱に陥れるようなギミックもありません。伝わってくるのは底知れない悪意です。でもそこが小気味よいです。

 KLFはジミー・コーティーとビル・ドラモンドの二人からなるユニットです。ジミーは昨日ご紹介したジ・オーブにもいた人ですし、ビルの方もあちらこちらに顔を出す有名人です。

 特にジ・オーブとの関係でいうと、アレックス・パターソンとジミーによるイベントの音源が昨日のアルバムにもこの作品にも使われていますから、兄弟アルバムと言えないことはありません。どちらもアンビエント・ハウスの傑作と言われます。

 しかし、両者の隔たりもまた大きい。アレックスの方は善意に満ちているように感じられるのに対し、こちらは本当に悪い。表と裏の関係です。人生を堪能するには両者を並べて聴いてみるのがいいのではないでしょうか。

 KLFのユニット名は著作権解放戦線の略称ですから、彼らのサンプリングに対する姿勢が分かるというものです。実際、彼らは他人の曲を勝手にサンプリングして物議を醸しています。あげく、アバの音楽のサンプリングを巡って一悶着があったそうです。

 本作品は、ジ・オーブのアルバムに比べると、よりアンビエントの度が高いです。要するにビートがほとんど強調されない。一応曲のタイトルは14も並んでいますが、全体は一続きとなっていて、徹底的にアンビエントな世界が展開されます。

 そのサウンドがアメリカの深南部の旅を想起させると考えた彼らは曲のタイトルにそれを表現しています。ただ、彼らはアメリカ南部など行ったことがなかったそうです。まあ気持ちは分かりますね。実際に行っていたら、おそらくそんなことを思わなかったでしょうから。

 南部らしいところで活躍するのはペダル・スティール・ギターです。その音色が全体にとてもいい味を出しています。これはサンプリングではないようですね。それにキング・エルビスの歌のサンプリングです。ほんの短い時間ですけれども、画竜点睛です。

 ほかにはホーミーだったり、ラジオの音声、鉄道、自然音、フリートウッド・マックやボーイ・ジョージなどありとあらゆる音がサンプリングされてぶち込まれています。それを編集してアルバムになっているわけです。

 ジャケットはピンク・フロイドの「原子心母」にヒントを得たそうですが、田舎のパーティーで一晩中踊り明かして外に出た時の光景を表現したんだそうです。この気持ちはよく分かります。飲み明かして明け方、太陽がまぶしすぎる。

 サウンドを説明してもどこがどう悪意に満ちているのか分からないでしょうが、アルバムを通して聴いてもらうとわかってもらえると思います。表面はゆったりしたアンビエントな美しい音楽なんですが、何だか禍々しいものを感じるんですよね。じくじくと伝わってくる悪意。

 このアルバムからチル・アウトという言葉が音楽ジャンルとして定着したという歴史的なアルバムですけれども、悪意が皆を惹きつけたと言えるでしょう。私も大好きなアルバムです。

Chill Out / The KLF (1990 KLF Communications)