$あれも聴きたいこれも聴きたい まるでホラー映画のような作品です。ここで犠牲になっているのはハモンド・オルガンです。ピアノも少し虐待されています。普通なら出ないような音が出ています。見えないだけに「なんかしてる」という恐怖感が半端ないです。

 ザ・ナイスのこの作品は、若干ライナーノーツが混乱していますが、1969年12月にニューヨークのフィルモア・イーストで行われたコンサートから4曲を選んで、まとめられた作品です。要するにライブです。

 キーボードのキース・エマーソンはこの頃、オルガンに刀を刺したり、ひっくり返したり、さまざまな暴虐の限りをつくしていました。どうやらこのコンサートでも何かしているようです。普通に弾いたら出ないような音です。ピアノも同じで、おそらく弦を直接弾いているんでしょうね。変な音がします。

 これぞプログレです。楽器の身になって背筋も凍る恐怖を味わうのが正しい鑑賞法ではないかと思います。それでこそ、全体を覆う攻撃的な姿勢を受け止められるというものです。

 この頃のザ・ナイスは、キース・エマーソンを中心に、ベースのリー・ジャクソン、ドラムのブライアン・デヴィソンのトリオでした。この構成は後のエマーソン、レイク&パーマーと同じです。EL&Pがあまりの大成功を収めたせいで、ナイスは不当な扱いを受けています。キース・エマーソンが前にいたバンド扱い、前史扱いです。

 しかし、ナイスは結構な成功を収めたバンドでした。解散後に発表されたこの作品も全英5位まで上昇するヒットとなっていますし、大いに人気を博しました。EL&Pではなくて、ナイスという名前を使っていたら、実は残りの二人にとってもよかったんではないでしょうか。第一期ナイスと第二期ナイス。

 あるいはキースがあちらこちらのバンドを渡り歩くとか。そうしていれば、ことさら前史扱いはされなかったのだろうと思います。不幸が重なりましたね。

 作品に戻りましょう。先ほど申し上げたように全部で4曲入っています。いずれも他人の曲です。まずは、アメリカのフォーク畑から、ティム・ハーディンの「夢を追って」、ボブ・ディランの「マイ・バック・ページズ」。次がチャイコフスキーの「悲愴」、そしてバーンスタインのミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」から「アメリカ」です。

 選曲がすごいですね。普通のロック・バンドではまず考えられない。しかも、しっかりと自分のものにしています。フォークなんて言われないとわかりません。キースさんの、おそらくはクラシック、ジャズ、ロック、それぞれのピュアリストからは爪弾きされるのではないかと思われる「かかってこい」と言ってるようなキーボードが縦横無尽に活躍するザ・プログレです。

 プログレですけれども、ドラマチックなタイプではなくて、攻撃的に手数で攻めてくるタイプなので、ファンキーがちらりと顔を覗かせたりして、爽快な後味です。決してEL&Pの前史だけではない魅力があると思います。

Elegy / The Nice (1971 Charisma)