$あれも聴きたいこれも聴きたい フォール・アウト・ボーイは、この作品を発表した頃、アメリカを代表する若手アーティストとして、世界中で人気を博しました。大ヒットしましたし、彼らの奏でる若くて生きのいい直球ロックはなかなか素晴らしいものでした。

 しかし、面白いことに、彼らが「いけてない」ということから生じる世間に対するルサンチマンを大いに意識していました。別にアイドルじゃありませんからそんなことは関係ないはずなんですが、あちらこちらにルサンチマンが顔をだすので、聴いているこちらまで気になってしまいます。

 手元にあるCDはデラックス・エディションで、おまけに彼らのPVが収められたDVDがついています。これが実に「いけてない」自分たちを前面に押し出した内容になっています。「いけてない」は、このPVで彼ら自身の言葉「ギーク」の日本語訳からとりました。前作からのヒット曲「ダンス、ダンス、ダンス」のPVのメイキング映像で、ナードとかギークとか連発です。

 このバンドで一番しゃしゃり出ているのはベースのピート。ボーカル兼ギターという黄金の役割のパトリックは実に控えめです。そのパトリックはいかにもオタクっぽい雰囲気で、日本で言えばサンボマスターな風情です。

 ピートもさぞや高校時代はもてなかっただろうなと思わせる風体ですし、メイキングでは確かにそう発言しています。「俺たちだって昔はいけてなかったさ」。ここは注目です。「昔は」。今は「いけている」というのが彼の自己認識でしょう。復讐ここになれり。

 大たいこの作品の冒頭で、「批評家たちは俺たちにはできっこないと言ってたが、このアルバムはそいつらに捧げる」などという主張が入ります。レーベルの親玉ジェイZがわざわざ登場してそんなことを言っています。ルサンチマンですよねえ。

 そこまで気にするか、と思うのですが、彼らは気にしています。いじめられっ子の復讐劇です。見返してやる、ということなんでしょう。ピートはアシュレー・シンプソンと結婚しましたし、さらにファッション・ブランドも立ち上げ、自身のレコード・レーベルも立ち上げています。のし上がったなあ、と傍目にも思います。倍返しですね。

 しかし、そういうところを見ていると、しみじみと彼らやっぱり「いけてない」ですよねえ。そんなところがとても愛おしいですけどね。

 まあそれはさておき作品に戻りましょう。彼らはパンク・シーンから出てきたそうなのですが、この作品は実に生きがいいし、メロディーもリズムも実に手馴れていて、とても気持ちよく聴けます。曲も歌詞も卒がありません。器用ですし、バラエティーにも富んでいます。「エモ」というのでしょうか、こういうのは。私は大好きです。

 ただ、彼らのアルバムは作り込まれたプロの味がします。ベイビーフェイスが2曲プロデュースしたりしていますし。そうなると新手の産業ロックのような気もしてきますね。昔のロックからそれほど違和感があるわけでもありませんし、耳によく馴染むだけに先行きを懸念させるところがあります。

 そんなことを思いつつ、なかなか見どころのある若者たちだと期待していたんですが、2009年には活動休止、今年になって復活しました。いろいろあるんでしょうけど、いけてない昔を思い出して、みんなで一緒に頑張ってほしいものです。

Infinity On High / Fall Out Boy (2007 Island)