$あれも聴きたいこれも聴きたい 日本の女性ジャズ・ピアニストといえば、秋吉敏子さんに始まり、最近では上原ひろみさんなんかが有名ですが、私は真っ先にこの藤井郷子さんが浮かびます。何ででしょうね。自分でもよく分かりません。

 藤井さんのバイオを見ると、1958年生まれはよいとして、必ず4歳で幼稚園を中退したと書かれています。幼稚園中退といえば、私たちの世代には「ひょっこりひょうたん島」のトラひげです。同世代ですから意識されているんでしょうか。

 この作品は藤井さんの9年ぶりとなるソロ・ピアノ作品集です。彼女は多作な人ですから、9年ぶりとは意外な気がします。ただ、そう言われてみると確かにあまりソロのイメージはありませんね。

 帯には「円熟のピアノソロ、熟成された藤井郷子の世界」と書かれています。円熟、熟成、普段の藤井さんの作品にはあまり似合わない言葉です。しかし、このソロ作品のサウンドを言い表そうとすると、どうしてもそういう言葉が出てきてしまいます。

 というのも、実験的などしゃどしゃした過激な音が出てくるのかと思っていましたが、意外にもゆったりとした落ち着いた作風だからです。ジャズというよりも現代音楽的な楽曲が多くて、なかなか若い人には醸し出せない味わいがあります。

 ソロ・ピアノではありますが、冒頭などに普通のピアノではない音が入っています。ピアノの弦をこする音のような気もします。ただし、鍵盤の音と重なっていますから、多重録音でないとするとゲストがいたことになります。ただ隠し味的に使われていて、特に主張しているわけではありません。謎ですね。

 曲は全部で12曲。冒頭に収められたタイトル曲は「ゲン・ヒメル」、ドイツ語で天に向かってという意味です。このほか、英語、ドイツ語、日本語がタイトルについていて自由自在です。ちなみに日本語曲は「行ったり来たり」と「坂」です。

 即興を主体とするフリー・ジャズならば12曲にも分ける必要もないのではないかと思います。この曲の長さはあらかじめ作曲されたポップスのそれですよね。とすると作曲主体なのでしょうか。それとも曲想があふれてくるので、早く次に行きたくて短くなったのでしょうか。聴いてみたいものです。

 一曲一曲を丹念に聴いてみると、それぞれ表情がかなり違います。普通にメロディーがきれいな曲もあれば、実験的なたたずまいの曲もあります。聴いていると居住まいを正さざるをえない趣があります。

 誰も聴いたことがないような音楽を作ることを究極のゴールとする彼女のピアノは確かに素晴らしい。

Gen Himmel / 藤井郷子 (2013 Libra)

このアルバムとは関係ありませんが、ソロということで。