$あれも聴きたいこれも聴きたい 暑い日が続きますと、中南米の音楽が無性に聴きたくなることがあります。今日はサルサの気分になりましたので、数少ないサルサCDを引っ張り出してきました。パナマの観光大臣まで務めたサルサのスーパースター、ルベーン・ブラデスの若い頃の作品です。

 80年代にあったワールド・ミュージック・ブームのあおりを受けて、様々なCDを買ったものですが、今現在も残っているのはそれほど多くありません。その中で、このCDは大いに愛聴しましたから、今に至るもCD棚に鎮座しています。

 ルベーンは音楽一家に生まれて早くから音楽活動を始めます。パナマ大学を卒業するとパナマ・ナショナル・バンクで弁護士として働いた後、ニューヨークに渡ってファニア・レコードの郵便室に職を得てチャンスを待ちました。

 やがてチャンスを得た彼は、めきめき頭角を現し、1976年、28歳の時にはサルサの大物ウィリー・コローンとの曲がラテンNY誌でコンポーザー・オブ・ザ・イヤーに選ばれるに至ります。その後、俳優業にも進出し、順調に活動しますが、同時にファニア・レコードの所属アーティストへの印税不払いを追及するなど骨のあるところを見せます。

 この作品はファニアから移籍したエレクトラ・レーベルからのデビュー・アルバムで、率いるバンドはサイス・デル・ソラーと言います。アルバムは評判が高く、グラミー賞のトロピカル・ラテン部門にノミネートされています。

 バンドの特徴はホーンがいないことです。バリバリのサルサなんですが、ホーンはおらず、代わりにシンセサイザーが用いられています。ロック耳にはその分聴きやすい。サルサ入門編としてはもってこいです。

 ルベーンのサルサに対する最大の貢献は、歌詞の内容の質の高さだと言われています。彼自身、自分の歌のことを「音楽によるジャーナリズム」あるいは「都市の新聞」と呼んでいることからも分かる通り、シリアスな内容をサルサに乗せて歌っています。

 私は冒頭の「デシジョネス」が大好きですので、この歌のPVをご紹介しておきます。歌詞を読むと、妊娠してしまったのではないかと悩む女子高生、不倫を近所の奥さんに持ちかけて、彼女の夫にバットで殴られる男、ジェームズ・ボンドになった気分でトラックと衝突する酔っ払い運転男の話であることが分かります。

 サビの一節は、♪決断。毎日誰かが勝ち、誰かが負ける。アヴェ・マリア♪、です。まさに音楽ジャーナリズム、都会の新聞ですね。そんな暗い内容をこんなに明るいトロピカルな曲調で歌うところが素敵です。ちなみにこれは輸入盤CDですが、ブックレットに歌詞カードがついていて、丁寧に英語訳も併記されています。歌詞を聴かせる気満々です。

 アルバム・タイトル曲は「アメリカを探して」という意味です。探しているけれども見つかりそうにない。独裁、拷問などが歌詞に出てきますから、必ずしもUSAという意味ではないのでしょう。中南米の現実を見つめた詩的な歌詞です。

 他の曲も含めて全体に歌詞が重い。これがルベーンの真骨頂なんでしょう。それを躍動するサルサで表現する。踊っているからって楽しいとは限らない。そんな当たり前のことを再認識させてくれる作品です。

 ただし、暑気払いにもぴったりではあります。歌詞に思いを馳せることなく聴いても全く問題ありません。至極素晴らしい音楽ですから。

Buscando America / Ruben Blades y Seis del Solar (1984 Elektra)