$あれも聴きたいこれも聴きたい
 「電子夢幻」とはまた大そうな邦題がつけられたものです。シンセがしゅわしゅわする音楽を思い浮かべる人が多いでしょうから、やや問題ではありますが、これはこれで確かに「夢幻」ではあります。ただし、原題は直訳すると「砂糖の時代」です。ジャケットの文字は飴です。

 Cのクラスターの3枚目のアルバムは確かに「砂糖の時代」です。楽曲のタイトルにも「マジパン」や「キャラメル」なんていう言葉が躍ります。コンセプト・アルバムかと一瞬思ってしまいますが、当然そうではありません。コンセプトがないことがコンセプトなクラスターです。

 本作品はフォルストの田舎に引っ込んでから初のクラスター名義のアルバムです。すでにハルモニアとしてアルバムを発表していますが、ちょうどミヒャエル・ローターがノイ!の新作を制作しており、ハルモニアとしての活動が小休止していた時期に制作されました。

 とはいえ、ローターはクラスターの二人とともにプロデューサーとして本作品にクレジットされています。そうなるとハルモニア名義で発表してもよさそうなものです。しかし、そんなことはありません。実はクラスターのアルバムといってよいのかどうかさえ怪しい作品です。

 というのも、本作品はハンス・ヨアキム・ローデリウスとディーター・メビウスの二人がそれぞれのソロ作品を5曲ずつ持ち寄り、それを合体して制作したアルバムなんです。同じ2であるにしても、単なる2でもなく、3引く1でもなくて、1+1の2です。

 二人の楽曲は初めて聴いた人にでも判別可能なのではないかと思われるほど持ち味が異なっています。同じようにアナログのリズム・マシーンを使用してはいるのですが、メビウスの曲は奇妙なサウンドに傾倒しており、ローデリウスの曲は飄々として牧歌的です。

 ローデリウスはメビウスより10歳も年上でこの時すでに40歳くらいです。この牧歌的なサウンドは年齢のなせる技かもしれませんが、この人は大変な苦労人です。第一次大戦後のベルリンの恵まれた家庭に生まれますが、父親が公職追放されて東独の田舎に移ります。

 その後、ヒトラー・ユーゲントに入れられますが、運よく11歳で第二次大戦は終わります。その後、西独に渡って帰国したところでスパイ容疑で3年間投獄された後、壁ができる直前の西ベルリンに決死の覚悟で逃れてきたということです。波乱万丈です。
 
 そんな事情を聞くと驚いてしまうほどのポップなスタイルです。短い曲ばかり10曲、アイデアを無造作に放り出したような風情の電子ポップが並びます。音響的ではありますが、音数は抑えられていてとてもすっきりとしたサウンドは大そう気持ちがよいです。

 徹底的に意味性が排除され、柔らかなサウンドであっても余計な抒情性はへばりついていません。ハルモニアを挟むと自然な流れですが、クラスターの前作からは大きな飛躍があります。今でも十分に通用する珠玉の作品集であり、後世への影響もとても大きいでしょう。

 ところで裏ジャケットにはローデリウスの膝の上にメビウスがお姫様抱っこのような座り方をしている写真が掲載されています。仲睦まじい限りです。クラウトロック勢にはコミューン型のバンドも多いですが、それとは一線を画す、これまた現代的なデュオのあり方であります。

Zuckerzeit / Cluster (1974 Brain)

*2013年4月18日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Hollywood
02. Caramel
03. Rote Riki 紅のリカ
04. Rosa 薔薇色の歓び
05. Caramba
06. Fotschi Tong
07. James
08. Marzipan 砂糖菓子
09. Rotor 回転子
10. Heiße Lippen 熱き唇

Personnel:
Hans-Joachim Roedelius
Dieter Moebius