$あれも聴きたいこれも聴きたい-Matching Mole 01 ソフト・マシーンを辞めたロバート・ワイアットは大そうなショックを受け、自殺未遂事件を起こしてしまいます。10代の頃にも一度試みたことがあるそうですから、もともと彼にはどこかフラジャイルなところがあるのでしょう。

 その事件をきっかけに恋人だったキャロライン・クーンも彼の元を去ります。彼女は反麻薬の活動家で、酒も煙草も結婚もしない強い女性です。愛が冷めたわけではなく、彼の支えになれないということでした。

 このアルバムの冒頭の一曲「オー・キャロライン」は、ソフツのことを歌ったとも語っていますが、キャロラインのことだと考えて間違いありません。別れたけれども今でも忘れられない恋人に捧げるラブ・ソングとしては史上最高ではないかと思います。

 ヨーロッパを旅していたカンタベリーの後輩デヴィッド・シンクレアをイギリスに呼び戻し、彼がピアノで弾いた未完成の曲にロバートが歌詞と楽器を付け加えて一晩で作ったというこの曲は永遠の名曲です。

 ロバートとデヴィッドは、その後、ツアーも考えてバンドを作りました。それがマッチング・モールです。ただ、モグラとは関係なく、ソフト・マシーンの仏語訳マシーヌ・モルからつけたそうです。こだわってます。そしてこれが彼らのデビュー作品です。

 メンバーは、二人に加えて、後にデヴィッドとハット・フィールド&ザ・ノースを結成するフィル・ミラーと、フィル・マンザネラとクワイエット・サンをやっていたビル・マコーミックの四人、それにゲストでデイヴ・マクレエが加わっています。

 ビルはまだベースを始めて1年ほどしかたっていないなどメンバーの力量もバラバラなまま、結成後ステージをこなす前に制作に入る急造ぶりだった上に、スタジオが寒すぎたり、ビルのベースが直前に盗まれたりと、不幸続きの現場だったようです。

 しかし、デヴィッドの美しいピアノに伴われて、久しぶりにロバートの歌声を聴くことのできるアルバムは干天の慈雨になりました。2曲を除けば、初期のソフツの香りを残す儚げなユーモア漂うアヴァンギャルドなインストですが、それすらもとても柔らかく聴こえます。

 ロバートの声は、下手をすると間抜けに響く類の声ですが、とにかく美しい。2曲目の「インスタント・プッシィ」は、声を重ねたボーカリゼーション、さらに続くデヴィッドのピアノがまた泣けてくる「サインド・カーテン」では、囁くように人を食った歌詞を歌います。

 バンド結成時にはすでに制作が始まっていたこともあり、半分ソロ・アルバムのような作品です。そのため、バンドの方向性は実はさほど定まっておらず、アルバムも焦点を欠いたと評されることが多いです。

 しかし、私にとっては「オー・キャロライン」から「サインド・カーテン」までの三曲だけで、何物にも代えがたいアルバムです。ヒリヒリした心情が伝わってきます。この作品は、これからも一生聴き続けていると思います。あまりにも美しい。

(参照: "Different Every Time" Marcus O'dair)
(rewrite 2015/3/7)

Matching Mole / Matching Mole (1972 CBS)