フランスは植民地大国だけあって、ワールド・ミュージックになじみが深いです。ユッスー・ンドゥールやサリフ・ケイタもフランスで活躍していますし、マルチニークの音楽などもフランスから世界に広がりました。大たいジダンやアンリもフランス人ですからね。
このブリジット・フォンテーヌのアルバムも前衛シャンソンながら、とてもワールド・ミュージックの香りが濃いです。
葉山ゆかりさんのライナーノーツによれば、ブリジットは39年生まれのフランス人で、「ジャズにかぶれてソルボンヌ大学を中退した後、芝居の勉強をしながら作詞を始め」ました。そして、「63年からパリの左岸のキャバレーで唄い始め」たそうで、ボリス・ヴィアンの曲を歌ったりしたそうです。
少し話がそれますが、ボリス・ヴィアンは私の人生に決定的な影響を与えた人です。大学時代、彼の小説を読みふけりました。私のアイドルと言って過言ではありません。
もとに戻りましょう。ブリジットはその後、歌手活動を始め、2枚のアルバムを残します。そうして、この作品は、彼女がフランスのインディペンデント・レーベル、サラヴァに移籍してから二作目の作品ということになります。
クレジットは、ブリジット・フォンテーヌとアレスキーになっています。アレスキーという人は、アルジェリア北部にオリジンをもつベルベル人です。このアルバムの曲はブリジットの作詞とアレスキーの作曲になるものです。アレスキーは奇妙な味わいのパーカッションを叩き、時に歌も歌っています。
この二人に、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの面々を中心に、前衛ジャズ・ミュージシャンが参加して、驚くべきケミストリーが生まれています。曲ごとのクレジットをみると、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの面々は全面的に参加しているわけではないようですが、彼らの精神はそれこそ全編に息づいています。
伝統的なシャンソンというわけでもなく、かといってジャズと呼ぶのもはばかられます。それにワールド・ミュージックというには無国籍です。三者三様の個性が、混じりあうことはないのだけれども、やさしく共生しています。
冒頭は、「ラジオのように」表題曲です。マラカイ・フェイバースのベースが響きだすと、空気は一瞬にしてブリジットの世界に変わります。音数を抑えたタメのある演奏は素晴らしいです。そこにブリジットのフランス語の詩が乗せられていきます。
潮田敦子バルーさんの翻訳によれば、♪それは全くラジオで言っているようなもの ただの音楽 何でもない ただの言葉、言葉、言葉 ラジオで言っているようなもの♪。歌詞じゃない宣言ですね。音楽も自由であるように、歌詞も全く自由です。
自由自在、摩訶不思議。何と表現すればよいのでしょうね。今で言えばビョークに近いかもしれません。
私はブリジットのサラヴァ第一作も好きなのですが、どれか一枚と言うと、こちらですね。ありえないくらい優しくて美しい作品です。
難を言えば、「短歌」という曲。中国風なところが玉に瑕。日本理解が乏しい。どうせフランスから見れば、日本はまだコレラ汚染地帯ですよ、と悪態の一つもつきたくなります。
Comme À La Radio / Brigitte Fontaine & Areski (1969)
このブリジット・フォンテーヌのアルバムも前衛シャンソンながら、とてもワールド・ミュージックの香りが濃いです。
葉山ゆかりさんのライナーノーツによれば、ブリジットは39年生まれのフランス人で、「ジャズにかぶれてソルボンヌ大学を中退した後、芝居の勉強をしながら作詞を始め」ました。そして、「63年からパリの左岸のキャバレーで唄い始め」たそうで、ボリス・ヴィアンの曲を歌ったりしたそうです。
少し話がそれますが、ボリス・ヴィアンは私の人生に決定的な影響を与えた人です。大学時代、彼の小説を読みふけりました。私のアイドルと言って過言ではありません。
もとに戻りましょう。ブリジットはその後、歌手活動を始め、2枚のアルバムを残します。そうして、この作品は、彼女がフランスのインディペンデント・レーベル、サラヴァに移籍してから二作目の作品ということになります。
クレジットは、ブリジット・フォンテーヌとアレスキーになっています。アレスキーという人は、アルジェリア北部にオリジンをもつベルベル人です。このアルバムの曲はブリジットの作詞とアレスキーの作曲になるものです。アレスキーは奇妙な味わいのパーカッションを叩き、時に歌も歌っています。
この二人に、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの面々を中心に、前衛ジャズ・ミュージシャンが参加して、驚くべきケミストリーが生まれています。曲ごとのクレジットをみると、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの面々は全面的に参加しているわけではないようですが、彼らの精神はそれこそ全編に息づいています。
伝統的なシャンソンというわけでもなく、かといってジャズと呼ぶのもはばかられます。それにワールド・ミュージックというには無国籍です。三者三様の個性が、混じりあうことはないのだけれども、やさしく共生しています。
冒頭は、「ラジオのように」表題曲です。マラカイ・フェイバースのベースが響きだすと、空気は一瞬にしてブリジットの世界に変わります。音数を抑えたタメのある演奏は素晴らしいです。そこにブリジットのフランス語の詩が乗せられていきます。
潮田敦子バルーさんの翻訳によれば、♪それは全くラジオで言っているようなもの ただの音楽 何でもない ただの言葉、言葉、言葉 ラジオで言っているようなもの♪。歌詞じゃない宣言ですね。音楽も自由であるように、歌詞も全く自由です。
自由自在、摩訶不思議。何と表現すればよいのでしょうね。今で言えばビョークに近いかもしれません。
私はブリジットのサラヴァ第一作も好きなのですが、どれか一枚と言うと、こちらですね。ありえないくらい優しくて美しい作品です。
難を言えば、「短歌」という曲。中国風なところが玉に瑕。日本理解が乏しい。どうせフランスから見れば、日本はまだコレラ汚染地帯ですよ、と悪態の一つもつきたくなります。
Comme À La Radio / Brigitte Fontaine & Areski (1969)