$あれも聴きたいこれも聴きたい-Aunt Sally 今日一番の驚きはロック・マガジンの阿木譲さんが逮捕されたというニュースでした。私は若い頃には彼のロック・マガジンを愛読していたものです。

 阿木さんはカリスマ的な人で、私もその耳には信頼をおいていましたが、スタッフや読者に対して浴びせかけられる辛辣な言葉がつらかったですね。私もブログで不用意な言葉を書いて怒られたことがあります。何だか難しそうな人だなあと思っていたものです。ストーカーで逮捕ですか。うーん。

 そんな阿木さんの最大の功績の一つは、ヴァニティ・レコードを設立して、数々の名作を世に送り出したことでしょう。この「アーント・サリー」はその中でも最も有名な作品です。

 最初は500枚限定での発売です。その後、2回再発されましたが、いずれも皆が満足のいく形ではないという呪われた作品でもあります。私はオリジナルを入手しそこねて、84年にコジマ録音から再発されたレコードを買った口です。

 その再発は、ヴァニティへの売掛金を回収するためにレコーディングを請け負ったコジマ録音が無断で行ったという噂がありました。本当でしょうか。真偽のほどは定かではありませんが、リーダーのフュー本人は随分怒っていたそうですから、不本意だったんでしょう。

 二度目の再発はCDです。アーティスト側の肝煎りで再発にこぎつけたということで、めでたいと思っていたら、今回はプロデューサーの阿木譲さんが黙っていませんでした。彼のブログで怒りの表明がありました。何だかもやもやしてすっきりしませんね。

 そんな経緯があるために伝説度は極めて高いですが、内容もその伝説度に負けぬ素晴らしい作品です。日本のパンク/ニュー・ウェーブ史に燦然と輝く名盤なんです。

 ジャケット写真はデヴィッド・ボウイやイギー・ポップのジャケットなどで有名な鋤田正義さんです。素晴らしい写真で、フューの魅力を最大限に引き出しています。

 「ギャルと不思議ちゃん論」にはフューは登場しませんでした。再発CDのライナー・ノーツは戸川純さんが書いていて、当時のフューの大スターぶりを憧れの筆致で描いています。よっぽど極北だったんですが、一般的な知名度は低いですし、「不思議ちゃん」などと気安く呼べない迫力がありましたね。

 神戸女学院というお嬢様大学に通う美少女が、不協和音とともに安易なコミュニケーションを拒否する空っぽな歌を意外にもかわいらしいメロディーに乗せて清く正しく歌う。不思議なバンドでした。iPadのコマーシャルで流れるピアノ練習曲を聴いて、このアルバムを思い出したんですよ。同じメロディーをカバーしてるんですね。

 当時のライブを聴くと、わりと普通にパンク的だったりもするので、ここは阿木さんのプロデュースの役割も大きかったんでしょう。生々しい楽器の音とあまりに直截な歌のバランスは唯一無二のものがあります。生々しさは半端ないです。彼女たちの魅力を最大限に引き出しています。

 フロントにはボーカルのフュー、ギターのビッケ、キーボードのマユと女性三人が並び、リズムは男二人。当時としては珍しい編成でした。決してワンマン・バンドではなく、バンド全体に自分たちの独自の世界を妥協なく描こうという強い意志がみなぎっています。

 当時の女の子はフロントのフューに夢中になります。ライナーでの戸川さん、「そして、『主張しない。する気もない。』という、(あえていうなら、そういう『主張』)そういう『アンチ』のムードがあったのだ。それは客を突き放す、悲しいくらい冷たい態度だった。しかしファンはアーント・サリーの冷たさに夢中だったのだ」。

 歌詞も強烈でした。特に表題曲の「どうでもいいわ~」というところはよく口ずさみましたね。それに、「空間はたてよこのつながり」とか、ちょっとしたフレーズが素敵なんですよね。フューの言語感覚は素晴らしいです。

 変なことからこのアルバムを思い出しましたが、とにかく日本のインディーズ史上、一、二を争う名盤で、今日一日幸せな気分になりました。素晴らしい作品です。

Aunt Sally / Aunt Sally (1979)