$あれも聴きたいこれも聴きたい-戸川純
 今日は有り余る時間があったので、気になっていた本「ギャルと不思議ちゃん論-女の子たちの三十年戦争」を一気に読破しました。この頃の若者文化に詳しい松谷創一郎氏の力作です。彼はほかにもオタク文化やコミケなどに係わる論考を発表しているライターです。

 この本は、「性的身体を持ちながらその使用を抑圧されていた”少女”が、その商品価値を自覚し、能動的に利用していった結果がコギャル」であり、「各時代の多数派に対する傍流でしかない」不思議ちゃんを並べて女の子たちの30年を読み解いたものです。

 戸川純は、その不思議ちゃんのスーパースターとして扱われています。この本の分析はたいそう面白かったのですけれども、戸川純が活躍していた頃、こういう分析も含めて、彼女の消費のされ方にはうんざりしていたことを思い出させてもくれました。

 大衆文化を社会学的に分析しようとする試みは、たいていの場合、人間が目指すべきものが前提されているので、そこを共有できないとつらいです。とりわけ、勝ち組負け組的な価値観が蔓延している昨今ですから、どうしても面倒くさい。表でなければ裏しかない。

 彼女はかつてさまざまに語られたものです。その語り口は総じて友達自慢的でした。いわば裏仲間。相手はアーティストなのに、自分のツレの自慢をしているような言い方の人が多かった。純ちゃんは私のことを分かってくれている。不思議ちゃんの宿命かもしれません。

 このアルバムは戸川純のソロ・デビュー作です。女性の生理をうたった「玉姫様」を中心に、変わった曲が並んでいます。ハルメンズや81/2など、当時の東京のニューウェーブ勢のカバーや、アンデス民謡とパッヘルベルの「カノン」などに歌詞をつけた曲もあります。

 作家陣には、細野晴臣を始めとする当時の先端ミュージシャンが揃い、みんなで戸川純のキャラクターを盛り立てています。ちょっと内輪受け的に面白がりすぎのところはありますが、総じて当時隆盛だったぶりっ子とは異なる彼女の可愛らしさを引き出しています。

 残念ながら、今になってみるとサウンドにはちょっと古臭いと感じるところもあるのですが、その分、当時の世相に密着していて、懐古的な気分にしてくれます。私は彼女にひどく思い入れがあるわけではありません。しかし、CD再発と聞けば買わなきゃと思いました。

 戸川純=不思議ちゃんという前提を受け入れているかのように書いてきましたが、私にはその図式には違和感があります。ほぼ同世代の彼女のことを、私はとても素直に可愛いと思っていたのです。カタカナのカワイイではなくて、愛らしいの可愛い。

 トンボの格好で歌う彼女の姿もまるでジュリーの可愛い版のようでした。もともと役者として活動している人ですから、テレビで歌う姿は完成度が高かった。それに彼女の書く詞が素晴らしい。「昆虫軍」や「隣の印度人」、私のことかと思った「踊れない」。

 おきて破りの「玉姫様」も凄いですが、蜷川幸雄が愛した「諦念プシガンガ」と長らく戸川が歌い続けることになる「蛹化の女」がいいです。戸川純は不思議ちゃんとカテゴライズするのではなく、戸川純は戸川純として素直に向き合うべきアーティストです。大した人です。

Edited on 2019/2/1

Tamahime Sama / Jun Togawa (1984 Yen)