$あれも聴きたいこれも聴きたい-Dirty Projectors 稲垣足穂翁の「一千一秒物語」に「MOONSHINE」というお話があります。三日月をつかまえてサイダーの入ったコップに放り込んだら、煙が出てきて気が遠くなった。気がつくと、三日月は窓の向こうで揺れていたけれども、残されたサイダーが少し黄いろくなっていた。そのサイダーを飲んだA君は「あんなぐあいになっちまった」というお話です。

 それを聴いたS氏は、「シガーの煙を輪に吐いて ムーンシャインさ!って笑い出したのさ」。

 足穂翁らしいダンディズム溢れる小話です。

 何でそんなことを思い出したかと言いますと、このアルバムは「”ムーンシャイン”と呼ばれる密造酒を造る人たちが、40年以上前に住んでいたらしい」、ニューヨークから4時間も離れた山奥にある古い民家で、まるで”ムーンシャイン”を醸造するように制作されたという話を聞いたからです。

 そうか、ムーンシャインって密造酒のことだったんだと、今になってようやく足穂翁の物語が合点がいったのでした。ありがとう、ダーティー・プロジェクターズ。

 ダーティー・プロジェクターズは、ブルックリンのバンドです。81年生まれのデイヴィッド・ロングストレスのソロ・プロジェクトとして2002年に誕生し、現在は5人組のバンドとして活動中です。ちなみに女性ヴォーカルでギターも弾くアンバー・コフマンはデイヴィッドのガールフレンドだそうです。

 このバンドは、ビョークや元トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンと共演しています。もうこの情報だけで、彼らの我が家における成功は約束されたも同然です。悪かろうはずがない。

 ジャケットがいいですね。このジャケットから彼らが大都会で活躍するバンドだとは思われないでしょう。この作品は、これまでの彼らの作品と違って、「コンセプトやアイディアをいろいろ考えたりせずに、シンプルで、それぞれの曲が独立しているようなアルバム」となっています。

 彼は、昔、引きこもりで、その状況で自分だけの声やサウンドを見つけてきたそうで、今回は、ムーンシャインの家に引きこもって昔の状況に自分を追い込んだということです。そこにメンバーが時々訪れてはセッションを行って、曲を作り上げたそうです。

 「まるで作品と一対一で向き合う彫刻家みたいな気分だったよ」とデイヴィッドは語っています。というわけで、シンガー・ソングライターの作品のようになりました。もともとソロ・プロジェクトだったということが自然に納得できます。比較的シンプルなメロディーを、簡素なバンド演奏で支えます。女性ボーカルも控えめで、デイヴィッドの歌が前面に立っています。

 しかし、時折、ギターが異次元からやってきます。「いろいろと変わったギターのチューニングに挑戦することもできた」とも言っていますからね。一見、まっとうなのですが、不思議なねじれが味わえるんです。そこがきわめて現代的ですし、また超古代的でもあります。不可思議な顔がほのみえるところが味わいですね。

 時に、ディランやビーチボーイズを思わせるところもありますし、最近ではゴティエなどとも近いかもしれません。とても知的な強靭さを感じる少し奇妙な作品です。

 映像は、人類最古の象形文字で作った「人類最古のカラオケ・ビデオ」だそうです。わざわざ専門の教授に依頼して翻訳してもらったというからあきれます。面白い人たちですね。

 ぜひ皆さん、聴いてみてください。私は好きです。

(文中の引用は、CDジャーナル2012年7月号からです。)

Swing Lo Magellan / Dirty Projectors (2012)