$あれも聴きたいこれも聴きたい-Terry Riley 02
 ミニマル音楽の創始者の一人テリー・ライリーの出世作「インC」です。ライリーの作品の中で最も有名なこの作品は1964年に初演されています。この時、ライリーはまだ30歳になる前でした。ジャズ・ピアニストとしてサンフランシスコで働いていた頃です。

 ライリーはこの作品に取り組んでいた時、「バスの座席に座って、待ちゆく人々を眺めていた。そしたらまるで天国から降りてきたみたいに突然完成した作品が聴こえてきたんだ」と創造の光景を描き出しています。アーティストにはそういう瞬間があるのでしょう。

 本作品には最長でも全音符が4つ、最短だと16分音符2つからなる短い楽譜が53種類用意されています。印刷すればほんの一枚で済んでしまう量です。演奏者はこの短いフレーズを好きなように組み合わせて何度でも演奏してよいことになっています。

 使用する楽器も演奏者の数も決まりはありません。ただし、演奏者の一人、ライリーの指定によると「美しい女性」が一定の間隔でCの音を出し続けることが決められています。たいていはピアノもしくはマリンバの奏者が担当するようです。

 このCの音がメトロノーム代わりとなって、演奏のテンポを決めていきます。簡単な短い譜面ですからゆったりとした調子で演奏するのは苦痛でしょう。そんなわけで、このCDでは132BPMとドラムン・ベースばりの高速ビートが刻まれていきます。心臓の鼓動の倍くらいです。

 理論先行のようにも聞こえますけれども、たとえば偶然性を取り入れた現代音楽などと比べると、出てくるサウンドは耳に心地よく馴染みます。一定のパターンを自由に演奏するわけですから、完全に作曲された音楽よりもより音楽の原初のかたちに近いと感じます。

 このCDは1967年の演奏を収録しています。作曲者であるライリーとニューヨーク州立大学のクリエイティヴ・アンド・パフォーミング・アーツ・センターのメンバー10人による総勢11名の合奏です。ライリーはここではリーダーであると同時にサックスを吹いています。

 ここでCの音による「ザ・パルス」を担当しているのはピアニストのマーガレット・ハッセルです。この当時、マーガレットは、イーノとの共演で知られるトランペット奏者ジョン・ハッセルの妻でした。ジョンももちろんトランペットでこの演奏に参加しています。

 楽器編成は、サックス、ピアノ、トランペットの他、オーボエ、バスーン、クラリネット、フルート、ビオラ、トロンボーン、ビブラフォン、マリンバで、全員が異なる楽器を担当しています。これだけあると音の壁がしっかりできていきます。これがまたジャングルのようです。

 聴いていると、ジャクソン・ポロックの絵、テレビ画像の砂嵐、砂漠の風紋、ジャングルの夜、アフリカの民族舞踊など、さまざまなイメージが浮かんできます。最もあてはまるのは量子力学でしょうか。ドラマチックな展開はありませんし、起承転結もないのに恍惚が訪れます。

 今となっては典型的なミニマル音楽に聴こえますが、この作品がその鏑矢となったともいえます。作品の初演の際にはミニマル音楽の巨匠スティーヴ・ライヒも演奏者の一員でした。後に隆盛を極めるミニマル音楽にとって記念すべき名曲の名演です。

*2012年9月2日の記事を書き直しました。

In C / Terry Riley (1967 CBS)



Songs:
01. In C

Personnel:
Terry Riley : sax
***
Margaret Hassell : piano
Lawrence Singer : oboe
Darlene Reynard : bassoon
Jon Hassell : trumpet
Jerry Kirkbridge : clarinet
David Shostac : flute
David Rosenboom : viola
Stuart Dempster : trombone
Edward Burnham : vibraphone
Jan Williams : marimbaphone