$あれも聴きたいこれも聴きたい-Spinal Tap 時々、アイドルやスターは本当に実在するのかどうか疑問に思うことがあります。「トゥルーマン・ショウ」のようなことが起こっているかもしれませんからね。しかし、考えてみれば、そんなに手の込んだことをする方が大変ですよね。

 スパイナル・タップは、架空のバンドだということになっています。彼らは84年に制作された「ディス・イズ・スパイナル・タップ」という偽ドキュメンタリー映画の主演バンドです。ロック・バンドのツアー生活を描いたドキュメンタリー調の映画ですが、ディテールまで作り込まれていて本物と間違えてしまった人もいたそうです。

 この映画はカルト的な人気を博していて、熱心なファンが数多く存在します。彼らは映画からディテールを徹底的に拾い上げて肉付けして楽しんでいます。200ページ近くもある百科事典を編んでいる人までいます。

 しかし、バンド・メンバーはもちろん俳優なのですが、実際に演奏できます。映画の後、再結成してツアーもやりましたし、ここにこうしてアルバムを発表しています。うーん。「架空」って何でしょう?

 この作品は、そんな彼らの92年に発表された正真正銘のアルバムです。映画とは直接は関係ありません。ちゃんとレコード会社から発売されたもので、パロディーだなどとはどこにも書いてありません。ただ、バンド・メンバーのクレジットは映画の役名のままブックレットに印刷されていて、はさみこまれた正誤表で本名が記載されているという凝りようです。

 発表当時、私はイギリスにいたのですが、ちょっとしたヒットになっていました。シングル・カットされた「「ビッチ・スクール」はロンドンのピカデリーにあったタワー・レコードにてベスト10に入っていました。ただ、音楽誌は酷評していましたね。「パンのない糞のサンドイッチ」という表現までありました。単なる「糞」なわけですが、イギリス人らしい表現です。

 ゲスト陣がまた豪華です。タイトル曲では、ジェフ・ベック、スラッシュ、スティーブ・ルカサー、ジョー・サトリアーニがギターで競演しています。ロック好きの方なら卒倒しそうな豪華さでしょう。他にも綺羅星のごとく大物が集まっています。ここまでやると凄いですね。

 音の方はどうかと言いますと、バラエティーに富んではいますが、基本的にはストレートかつポップなハード・ロック・アルバムです。どの曲も原曲があるような気がしないでもないほど、ロックの公式に則った作品ばかりで、とってもいいですよ。あまり、頭で考えた作品というわけではなく、かといって肉体派ぎんぎんというわけでもなく、斜に構えたようなところがあって、そこが魅力です。ただ、あまりに出来過ぎているので、全体がパロディーのようですが。

 中にはキンクスの名曲「サニーデイ・アフタヌーン」そっくりの曲「レイニー・デイ・サン」なんていう曲もあります。メンバーは、この曲は60年代にはすでに出来ていた曲で、キンクスのレイ・デイビスが楽譜を盗み見たんだとインタビューで語ってました。スパイナル・タップは60年代から活躍していることになっていますからね。

 ところで、彼らはフレディー・マーキュリーの追悼コンサートにも出演しています。いかにもフレディーに捧げたシングル曲「マジェスティー・オブ・ロック」を演奏しました。しかーし。テレビの生中継を見ていたので彼らが存在したことは確認しているのですが、コンサートのビデオからは彼らの痕跡は一切消えていました。幻だったのでしょうか?

Break Like The Wind / Spinal Tap (1992)