$あれも聴きたいこれも聴きたい-M Ward アメリカではすでに音楽はCDではなくて配信が主流だそうですね。日本ではまだ使い勝手が悪いので、私は当面切り替えるつもりはないのですが、そのうちCDが作られなくなるかもしれません。

 まあ、それはそれでいいと思いますが、気になるのはアルバムの行く末です。LPからCDに変った時にも、A面とB面、それに時間の制約が緩和されたので、アルバムのありようが少し変わりました。今度は時間的な制約がなくなるわけですから、どうなるんでしょう。私はもともとコンピレーションが嫌いなので、曲単位の配信は何だかなあという気がします。

 M.ウォードこと、マット・ウォードのこの作品を聴いて、そんなことをつらつら考えてしまいました。これはマットの7作目のソロ・アルバムですが、何となく、従来的な意味でのアルバムという感じが薄いんですよね。

 マットは、アメリカのルーツ・ミュージックの影響を強く感じさせるシンガー・ソング・ライターです。アコースティック・ギターを多用した音楽で、昔ならフォーク・ロックと言ってしまうところですが、今はそんな無粋な言葉はつかいません。ただ、聴いていると少しボブ・ディランを思い浮かべました。もう少しアングラ系というかインディーズ系ですけどね。

 この作品は、アメリカとヨーロッパの計8か所で録音されていて、ゲスト・ミュージシャンも18人を数えます。CDジャーナルのインタビューによれば、「僕の声とギター、あるいはピアノだけのデモを完成させておいて、あとはスタジオに入ってから友人たちと作り上げていったんだ」ということです。旅のアルバムですね。

 面白いのは、「どうやら、曲が自分でなりたいと思っている形があるらしくてね。こちらとしては、それを見つけてやるしかない」という発言。いいですね。一本の丸太から作品を切り出す彫刻家のようです。

 そんな作り方だからか、各楽曲は素晴らしいのですが、アルバムとしてまとめようというこだわりが薄い気がするんですよね。それが悪いと言っているわけではありません。ただあるがままに一曲一曲入魂の曲が並んでいる。何だか新しい感覚です。

 とは言っても、この人の場合、サウンド・プロダクションが素晴らしく、アルバムとしての統一感は結構あるんですよね。それでもなおそんなことを思ってしまうのはなんででしょう。

 さて、そのサウンドですが、不思議な質感なんですよね。ドラムの響き方とかギターの音色とか、少し遠くから響いてくるような感じです。それにリズムの感覚はやはり昔と違います。古い音楽に影響を受けているという彼ですが、リズムはハウス以降の電子感覚がほのみえます。

 派手なところは何もなく、滋味に溢れる曲をリラックスした雰囲気で奏でていくこのアルバムはとても素晴らしい。聴いていると内臓に染みていきます。いいアルバムです。アルバムじゃないようなことを言っておきながらなんですが。

A Wasteland Companion / M.Ward (2012)